
はじめに:B1/B2ビザに導入された新制度の背景
米国を訪れる短期商用・観光目的のビザである B‑1 ビザ/B‑2 ビザ。これまで比較的シンプルな手続きで発給されてきましたが、2025年8月5日に米国国務省が連邦官報に「Visa Bond Pilot Program」を発表し、新たな制度が導入されました。この制度では、特にビザ不法滞在率が高いとされる国籍の申請者に対し、ビザ発給を条件として 5,000~15,000ドル の「滞在維持・出国保証ボンド(visa bond)」の提出を求める可能性があります。ボンド制度の導入背景には、ビザ滞在期間超過(オーバーステイ)問題への対応および米国の入国管理・離境管理の強化という文脈があります。実務的には、対象となる申請者や国籍が限定されながらも、企業の海外出張・現地人材派遣のコスト・手続き負担が増大する可能性が高まっています。また、短期の商用渡航においても、申請前の準備とリスク管理の重要性が一段と高まっており、企業はこの新制度を最新情報とともに把握しておく必要があります。
この記事では、ボンド制度の詳細、企業が直面する影響、そして実務的な対応策について詳しく解説していきます。
非移民ビザ申請に関する新ルール
2025年8月5日、米国国務省は、ビジネス・観光目的の短期滞在ビザ(B‑1/B‑2 visa)申請者を対象に、「Visa Bond Pilot Program(ビザ・ボンド・パイロット制度)」を発表しました。 この制度では、滞在期限を超えて滞在する「オーバーステイ」の頻度が高い国籍の申請者に対し、ビザ発給条件として一定額(5,000~15,000ドル)を担保として納付させる制度を試行します。滞在目的や審査体制への信頼性を補強し、米国の出入国管理を強化することが狙いです。パイロット期間は12か月で、対象となる国籍は随時追加される見込みとなっています。この記事では、まず制度の対象範囲・金額・滞在条件・返還・没収ルールを整理します。
対象となるB1/B2ビザ申請者と国別適用条件
このパイロット制度が適用されるのは、B-1(商用)/B-2(観光)ビザを新規に申請する外国人のうち、国務省が別途指定した国籍の申請者です。 適用対象となる理由は三つあり、①ビザ滞在期限(オーバーステイ)率が高い国、②身元審査・旅券発給・出入国管理等の手続きにおいて「審査・追跡情報」が不十分とみなされた国、③市民権取得型投資制度(CBI: Citizenship by Investment)を運用し、居住要件なしで新たな市民を許可している国、です。
現時点で対象となっている国としては、マラウイおよびザンビアが8月20日付で開始、さらに2025年10月23日にはモーリタニア、サントメ・プリンシペ、タンザニアが追加指定されています。 日本企業や出張者が直接この対象国籍でない限り目前の影響は限定的ですが、今後対象国が拡大する可能性があるため、出張者・派遣者の国籍・国際移動ルートを確認しておくことが重要です。
ボンド金額(5,000~15,000ドル)の範囲と支払い方法
従来、非移民ビザ(Nonimmigrant Visa)を申請する際、多くの場合、申請者は国籍国または便宜上の近隣国・第三国外の米国領事館で申請・面接を行ってきました。例えば、本国での待機時間が長い場合や処理能力の問題がある場合、他国の大使館・領事館を利用することが慣例的に認められることがありました。
新ルールでは、原則として「国籍または居住国」での申請を義務づけ、これを外れる申請は居住を証明できることが前提とされるなど制限が設けられます。 また、申請者が居住国以外で申請する場合、手数料が返却されない、不利な審査となる可能性、面接待ち時間が著しく長くなる可能性があることが明記されています。 さらに、外交・公用関係のビザ類、特定の緊急・人道上の理由等、例外が限定的に設定されています。
ビザ有効期間・滞在条件(単一入国・最長30日滞在)
このパイロット制度の下で発給されるB-1/B-2ビザには、通常の複数入国・長期間滞在の設定とは異なる制限が設けられています。制度案では、ビザ自体は「単一入国(single entry)」に限られ、発給後3か月以内に入国しなければならないとされています。 また、米国入国時に U.S. Customs and Border Protection(CBP)が許可する滞在期間は、ほとんどの場合「最長30日」に制限されることが見込まれています。
このような制限は、制度の対象が短期ビジネス・観光目的である B-1/B-2 ビザであることを前提としており、オーバーステイのリスクを低減するためのものと解されています。 企業にとっては、出張・商談・研修での滞在スケジュール設計において、従来より短期間での帰国・再入国の手配が必要になる可能性があります。期間を超える滞在や複数回入国を予定していたプランは見直し対象となり、それに伴う航空手配・宿泊調整・滞在後のフォローアップ体制なども含めて早期に検討を始めるべきです。
ボンド返還・没収のルールと管理手続き
ボンド提出後も、滞在者がビザ上の条件を正しく守らない場合には、保証金の没収という重大なリスクが伴います。制度では、対象者が米国へ入国し、許可された滞在期間内に出国したり、滞在資格を維持したまま適法に変更・延長申請を行ったりした場合には、ボンドは返還されるとされています。 一方、滞在期間超過(オーバーステイ)や滞在目的に反する活動、入国時の条件を守らないなどの違反があった場合は、ボンド全額が没収される可能性があります。
支払い・返還・没収の管理手続きでは、フォーム I-352 を通じてボンド契約が記録され、Pay.gov を通じた支払い記録・出入国記録との照合が行われます。 企業は、出張・短期滞在者がこの制度対象国籍である場合、ビザ発給後も滞在状況をモニタリングし、帰国手配や記録保管、滞在終了後のフォロー体制を整備することが肝要です。万一ボンド没収となれば、企業が関与している場合にも影響が及ぶ可能性があるため、事前にリスク管理策を講じておくべきです。
留学生ビザに関する新ルール案
商談・短期派遣へのコスト・手続き負担
ビザ・ボンド制度の導入により、B1/B2ビザを利用した短期商談や技術支援、会議参加などの業務出張には、これまでになかった経済的・手続き的な負担が発生する可能性があります。特に対象国籍の社員や現地パートナーを通じて米国渡航を行う場合、5,000〜15,000ドルのボンド納付義務が企業負担となることも想定され、出張コストが大幅に増加します。また、支払手続きはオンライン決済(Pay.gov)を通じて行われるものの、領事館とのやり取りや入金確認に時間を要する場合があり、従来よりも渡航準備期間が長期化する懸念があります。さらに、制度の対象国が拡大する見込みであるため、日本企業は取引先・現地スタッフの国籍に応じてリスク評価を行い、事前に必要経費やスケジュールを見直しておくことが求められます。
渡航審査の厳格化によるスケジュール不確実性
今回のパイロット制度は、米国側が「不法滞在防止」を目的として導入したものですが、実務上は渡航審査全体の厳格化につながると考えられます。特定国籍の申請者に対してのみ適用されるものの、領事館・入国審査官は審査過程で滞在目的や行程をより厳密に確認する傾向を強めており、ビザ発給までの期間や面接結果の予見可能性が低下しています。特に、短期出張の多い製造業・IT企業・商社などでは、急な商談や現地サポートの要請に即応できないケースが増える可能性があります。また、対象国以外の申請者でも、同行社員や取引先の国籍により、審査上の追加書類を求められることがあるため、企業側は余裕をもった申請スケジュールを確保し、複数の担当者による代替出張計画を用意しておくことが望まれます。
グローバル人材派遣計画の再考と他国拠点の活用
ビザ制度の不確実性が高まる中で、企業は人材派遣・出張戦略の再構築を迫られています。米国出張や渡米を前提としていたプロジェクトや研修を、他国拠点での開催やオンライン実施に切り替える動きも現れています。特に、カナダやシンガポールなどは高度人材の入国手続きが比較的安定しており、これらの国を中継拠点として活用することで、米国渡航リスクを軽減する企業も増えつつあります。
一方、短期出張者の中にはESTA(電子渡航認証システム)を利用して90日以下の滞在を行うケースも多く、パスポートの有効期限や申請条件にも注意が必要です。リモート業務やクロスボーダー型の勤務体系を導入することで、現地滞在を必要としない業務運営を行う選択肢も現実的になっています。
また、米国市場でのビジネス展開を維持するためには、最新のビザ制度やESTA運用ルールを正確に理解し、対象国拡大や手続き変更の動向を常に追う必要があります。企業法務部門や人事担当者は、米国移民法や出入国管理制度に詳しい専門家と連携し、制度変更に応じた派遣ポリシーや渡航ルールを柔軟に整備することが重要です。こうした体制整備が、グローバル人材の流動性を維持し、国際競争力を確保する鍵となるでしょう。
企業が取るべき実務対応策
渡航前の審査・申請プロセスの見直し
ビザ・ボンド制度の導入によって、短期商用目的であっても申請・審査の負担が増大しています。企業はまず、渡航計画の早期化とプロセスの再設計が不可欠です。
ビザ申請から発給までの期間が長期化する可能性があるため、少なくとも出張予定日の2〜3か月前から準備を開始し、在外米国大使館・領事館の面接枠や審査期間を常に確認しておくことが求められます。また、対象国籍社員や現地パートナーを米国へ派遣する場合には、ボンド納付の必要性を事前に判断し、費用負担の所在(会社負担か個人負担か)を明確にしておくことも重要です。さらに、社内の人事・総務部門と連携し、ビザ発給に必要な書類(招聘状、滞在日程、会社証明書など)を標準化しておくことで、突発的な出張依頼にも柔軟に対応できる体制を構築することが推奨されます。
社員・出張者への説明と契約条件の整備
次に重要なのは、出張者本人への制度周知と契約条件の整備です。アメリカのビザ・ボンド制度は一部国籍を対象としているものの、企業が支援する出張者が対象国出身である場合、ボンドの納付義務や返還条件を正しく理解していないとトラブルにつながる可能性があります。
そのため、企業は社内ガイドラインを策定し、ボンド制度の仕組み・返還条件・没収リスクを明示した説明書を配布することが望まれます。あわせて、出張命令書や雇用契約上に「ビザ関連費用の負担範囲」や「滞在遵守義務」に関する条項を盛り込み、費用トラブルを防止することが実務上のポイントです。さらに、法務部門は現地の移民法専門弁護士と連携し、制度変更時に迅速に情報を共有できる枠組みを整備することが求められます。
ビザ代替手段やリモート業務の導入検討
最後に、ビザ制度の不確実性に備えた柔軟な人材運用戦略が重要です。アメリカではB1/B2ビザの審査強化が続くなかで、企業はLビザ(企業内転勤)、Oビザ(専門技能者)、Eビザ(投資・貿易)などの代替ビザの活用を検討する余地があります。特に、長期駐在員や米国法人に出向する社員については、短期滞在型ビザからの切り替えを早期に計画することで、安定的な就労環境を確保できます。
また、法制度上の制約を回避するために、リモート勤務やクロスボーダー業務体制を導入する企業も増えています。例えば、アメリカの顧客との会議や技術支援をオンライン化し、拠点をカナダ・メキシコ・シンガポールなど他国に設置することで、法的リスクとコストを同時に抑えることが可能です。こうした体制整備は、単なる一時的対応にとどまらず、グローバル業務の効率化や人材多様化の推進にもつながります。
企業としては、渡航・在留リスクを前提とした「多拠点型人材運用モデル」への転換を進め、制度変化にも耐えうる柔軟な国際ビジネス体制を構築することが、今後の競争力維持の鍵となるでしょう。
海外進出・海外展開への影響
B1/B2ビザに導入されたビザ・ボンド制度は、一見すると一部国籍の申請者に限定された施策のように見えますが、実際にはグローバルに展開する日本企業の事業運営にも多面的な影響を及ぼします。特に、現地顧客との商談や市場調査、技術支援など短期出張を前提とするビジネスモデルにおいては、渡航スケジュールの調整や事前審査の負担が増大し、これまでよりも慎重な計画策定が必要となります。また、ビザ審査の厳格化は企業が直接雇用する日本人社員のみならず、現地子会社や関連会社を通じて派遣される第三国籍社員にも影響しうるため、国籍横断的な渡航管理体制の整備が欠かせません。
さらに、ビザ制度の変化は企業の中長期的な海外展開戦略にも関わります。米国市場への進出を検討する企業にとっては、拠点設立や人員配置を柔軟に行える体制を構築することが今後の競争力を左右します。特に、ビザ発給や更新における不確実性を見越し、米国外の拠点やハブ国を経由した事業展開モデルを検討する動きも増えています。また、リモート業務・ハイブリッド勤務を前提とした「越境型業務設計」を取り入れることで、渡航リスクを軽減しつつ、グローバルな人材活用を継続できる点も注目されています。
こうした環境変化の中で企業が安定的に事業を運営するためには、最新の移民・ビザ法制を常に把握し、専門家と連携して法的・実務的な対応方針を早期に構築することが不可欠です。とくに、出張・駐在・現地採用を含む人材の国際移動は、企業コンプライアンスの一部として継続的にモニタリングすべき領域となっています。
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、海外法務および米国移民制度に精通した弁護士や、行政書士資格を有する専門スタッフが多数在籍し、ビザ・ボンド制度などを含む米国ビザ政策の最新動向に即した実務的支援を行っています。企業の駐在員派遣や短期出張、現地採用に伴うビザ取得・更新のサポートはもちろん、制度改定を踏まえた人材戦略の再設計や、将来的なリスクマネジメントの体制構築にも対応しています。米国での事業展開や国際人材の渡航管理に不安を感じられる企業様は、どうぞ安心してご相談ください。
※本稿の内容は、2025年12月現在の情報に基づいています。
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執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所
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