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海外進出:アメリカの就労ビザにおいて特急審査のサービス停止 現地採用に与える影響とは?

by 弁護士 小野智博

はじめに

トランプ政権では、非合法・合法を問わず移民に対して強硬な姿勢を続けています。その中でもエンジニアなどに適用される就労ビザ(H-1Bビザ)に対する制限が特に厳しくなっており、シリコンバレーで働くことを希望する外国人労働者にとっては苦しい状況が続いています。

本記事ではIT系技術者などがアメリカ国内で働きたい場合に必要なH-1Bビザの概要と特急審査のサービス停止措置について説明していきます。アメリカで事業展開している日本の企業が外国人労働者を現地採用する場合には、この記事の内容が大きく関係します。

 

H-1Bビザを取り巻く現状

H-1Bビザへの高い需要

H-1Bビザは、特殊技能職ビザとも呼ばれ、科学、技術、工学、数学の分野で高度な専門技術を持つ外国人がアメリカで就労したい場合に適用される就労ビザです。アメリカ移民局 (USCIS) によって、毎年の発給数が定められています。例えば、2018年度に発給するH-1Bビザは、学士保持者に65,000、修士号以上の学位保持者には20,000の枠が定められていました。

しかしながら、この発給上限よりも需要の方がはるかに大きく、毎年募集枠を超える応募があります。そこで、応募者が抽選で絞られた後、移民局は各応募者の審査プロセスに入ることになるのです。

 

H-1Bビザに対するトランプ政権の反発

2017年4月、トランプ大統領は「Buy American, Hire American」と呼ばれる大統領令に著名をしました。この際、ビザプログラムの乱用や不正行為を、取り締まるための早急な行動を要求しています。

特に、現行のH-1Bビザに対しては、抽選形式は不適切であると批判しています。また、高い技術と高い給与が必要となる人材に限定して発行すべきであり、低給料のの労働者などアメリカ人の雇用機会を減らす現状を打破する必要があると訴えています。

 

H-1Bビザのプレミアムプロセス

H-1B就労ビザを申請手続きには通常数カ月単位の時間がかかります。しかしながら、プレミアムプロセスと呼ばれる「特急審査」のサービスを追加することで審査開始から約15日以内に、第一次審査の結果が得られる仕組みがあるのです。プレミアムプロセスは有料で、追加料金として$1225払う必要があります。

 

プレミアムプロセス利用の背景

通常、H-1B申請の審査のためには半年程度の時間がかかります。採用の面では、新しい人材を雇用する際に半年も待てないというのが実情でしょう。そこで2週間程度に審査期間を大幅短縮できる特急制度が多く活用されていたのです。

 

プレミアムプロセスの停止

アメリカ移民局は、2018年8月28日、H-1Bビザ申請のためのプレミアムプロセス停止を「延長および拡大」すると発表しました。「延長および拡大」の内容としては、2018年9月11日から新規H-1B申請の特急審査申請の一時的な停止期間を延長する上、更にその他の特定のH-1B申請においても受付を停止するというものです。

 

今後の見込み

代替案の検討

プレミアムプロセス一時停止に伴い、現在では改定案が検討されています。一つは抽選方式を取りやめる、という案です。無作為の抽選を止め、アメリカで高度な教育を受けた外国人、高い賃金が支払われている外国人、貴重な技術を持った外国人に有利になるようにという意図があります。また、H-1Bビザを悪用するアウトソーシング企業を除外することが可能であるともいわれています。

 

インド系アウトソーシング企業の排除

H-1Bビザを活用すれば、企業側はアメリカ国内で見つけられない人材を海外から募集すること可能になります。特に、IT企業では、この制度の利用が顕著です。また、インド系企業は、この「海外からの応募が可能」な制度を安い労働力を調達するための手段として使用しており、ビザプログラム本来の原則が守られていない問題があるのです。つまり、今回のビザ申請の厳格化の流れは、ビザプログラムの乱用や不正行為を、取り締まるための措置と捉えることもできます。

 

現地採用に対する高いハードル

今後、トランプ政権の方針のもとでは、外国人労働者がビザを取得してアメリカで働くことはより厳しくなることが予想されます。また、全体的な厳格化によって、すでにビザを取得済みの従業員の延長手続きなどにも影響が出てくることもあるでしょう。アメリカ政府は、雇用主に対して、アメリカ人の積極雇用を推進しています。このようにビザのハードルが益々上がってきている現在、雇用主としても、H-1Bビザの手配を避けたいと考える可能性は大きいといえます。

 

企業側の対策

このようなビザ発給の現状を鑑みると、採用予定者や雇用者から企業側にビザ申請をめぐる相談が増えてくることが考えられます。アメリカで現地採用を利用する予定のある企業においては、人事部や顧問弁護士などが協力して、採用予定者や従業員の懸念事項を払拭するためのコミュニケーションを積極的に行う準備が必要となります。

 

このようにアメリカの就労ビザに関する動向は、海外事業において非常に重要です。海外進出を有利に進めるためにも、必ず事前に確認しましょう。

当事務所でもご相談を受け付けています。

 

※本記事の記載内容は、執筆日現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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