現地法人運営

海外進出・海外展開:カリフォルニア州では搾乳専用の部屋を常設させることを企業側に要求|労働環境の整備に注意

by 弁護士 小野智博

はじめに

アメリカでは出産後の早いタイミングで職場復帰する母親が多く見られます。そのため、これまでは復職のタイミングでミルクによる育児に切り替えることが一般的でした。ところが、近年、アメリカにおいて母乳育児の重要性が改めて認識されつつあり、政府としても積極的に母乳育児を推奨しています。そのため、復職後に職場で搾乳する母親も多くなり、職場においても搾乳する母親への配慮の必要性が高まっていたのです。一方で、職場環境の整備は十分といえず、トイレの共用部で搾乳することで肩身の狭い思いをすることや、空き会議室で搾乳中に他の社員が入ってくるというような状況が散見され問題となっていました。
このような背景を受け、2018年9月30日、ジェリー・ブラウン知事は、労働法セクション1031を改正する法律AB 1976に署名しました。 これにより、カリフォルニア州ではすべての雇用主が搾乳の必要がある母親のために適切な環境を準備する必要があります。この改正法案は2019年1月1日より、すでに施行されています。
改正前の規定では、従業員が搾乳するスペースとして、職場に近い場所にトイレの共用部分以外の搾乳場所を用意するよう企業側に求められていました。しかし、この内容ではトイレの個室スペースは扉を閉めれば個室空間となるため法律を順守していると考えられてしまいます。 また、改正前の規定には、搾乳スペース を常設とするのか、一時的なものでもよいのかについては定められていませんでした。
このため、実際にはトイレの個室内で便座に座りながら搾乳している従業員や空いている会議室で搾乳をしている従業員が多くいたのです。今回の改正法案では、働きながらも搾乳する母親をサポートすべく 、企業側に対してより具体的な基準が設定されました。
本記事では、AB1976の具体的な内容について紹介するとともに、企業側にとっての注意点もお伝えします。

法改正の内容

AB 1976で新しく変更されたのは大きく以下の3点です。

(1)トイレ以外で職場に近い場所を搾乳のために用意すること

具体的な数値目標が定められているわけではありません。ただし、ビルの10階で勤務しているのに搾乳スペースは1階にしかない、隣の建物に行かないと搾乳する環境がないなど、業務に支障が出るような距離では不十分だといえるでしょう。

(2)搾乳スペースは一時的なものではなく、常設させること

例えば、会議室の利用やトイレを利用時に搾乳スペースに利用することは一時的な設置と言えます。ただし、この項目は推奨環境であり、運用上、財務上、またはスペース上の制限により、常設の搾乳スペースを用意できない場合もあるでしょう。この場合、以下の条件を満たせば、常設ではなく、一時的な場所でも良いとされています。
・搾乳中にプライベートが確保される状態であること
・搾乳中に搾乳以外の目的で利用されることのない場所であること
つまり、上記の基準が満たされれば、トイレ個室でも十分である可能性があります。 ただし、トイレの個室を一時的に搾乳スペースに代用する場合には、個室を施錠できること、搾乳中に他の利用者がトイレとして使うことのないようなルール作りが必要となります。

(3)上記2点の要件を満たすことができない企業は免除申請を出すこと

免除申請に関しては、搾乳スペース独自のフォームなどが用意されているわけではありません。 労働法 で定められている、就労環境を確保できない場合はその旨を報告する必要があり、今回の搾乳スペースに関する規定に関してもその一部になるというものです。

免除

前項の通り、搾乳スペースについて規定が設けられているものの、業種や企業規模などによって規定通りの設置が非常に困難という場合には、以下のような例外措置が認められています。

①農業従事者の場合

農業従事者おいては、従業員が搾乳する際に「プライベートの確保された日陰のある空間」が提供されている場合、法律を順守していると認められます。例えば、空調の入ったトラックまたはトラクター車内がこれに該当します。

②設置が非常に困難な場合

企業によっては搾乳専用の場所を用意する余裕がないという事情もあるでしょう。しかし、搾乳のタイミングでトイレを搾乳専用の空間にする、会議室を搾乳専用空間に一時的にするために鍵や札を設置するなど、できる限りの努力はしましょう。
それでも、企業の規模、性質、または事業構造のために、規定要件をどうしても満たすことができないという場合には、免除の申請を出すことができるとされています。

海外進出・海外展開への影響

時代背景と共に、企業側に求められる環境やルールは変化します。搾乳に限らず、従業員が快適に仕事をできる環境を整備することは企業側の責務であり、法律順守は企業イメージを守るためにも非常に重要です。従業員の就業環境の整備ルールは、国によって大きく異なるものですので、日本からアメリカに事業展開し、現地にオフィスを設立する場合には十分な注意が必要です。
日本から海外進出・海外展開を始める場合には、最初は事業所のスペースなどが狭く、搾乳専用のスペースを用意することが困難な場合もあるしょう。また、搾乳の必要のある従業員を雇用して初めて、搾乳スペースの必要性に気づくことも考えられます。現行の規定では、「従業員の職場に近接した部屋またはトイレ以外の場所の使用を従業員に提供するために『合理的な努力』をしなければならない。」とされており、罰則などは設けられていません。しかしながら、法律を遵守しない企業というイメージは回避すべきところでしょう。従業員の就業環境、特に育児中の母親のサポート体制が整っていない企業というイメージは、企業のブランド力を著しく低下させる恐れがあります。可能な限りの代替案を実行し、どうしても難しい場合には免除申請などを実行し、法律違反とならないよう気をつけましょう。
今回はカリフォルニアでの法律改正ですが、この動きは今後アメリカ全体や世界全体に広がる可能性も高いでしょう。企業側は最新情報をキャッチアップし、法律を順守するよう注意してください。

 

※本記事の記載内容は、執筆日現在の法令・情報等に基づいています。

 

 

弁護士法人
ファースト&タンデムスプリント法律事務所

代表弁護士 小野智博(東京弁護士会所属)

【電話】03-4405-4611
【メール】ono@tandemsprint.com