コンプライアンス

海外進出・海外展開:アメリカ国内で競業禁止契約に反発する動きが高まる/企業が従業員と競業禁止契約を締結する場合の注意点

by 弁護士 小野智博


はじめに

アメリカでは一生涯を同じ企業で働くことはまれで、特定の企業でスキルや経験を得た後、より良い待遇・雇用条件を目指して転職をすることが一般的です。キャリアアップを目的とした転職ならば、これまでの経験やスキルを活かせる同業他社への転職が一般的でしょう。しかしながら、企業側からすれば、自己の従業員が同業他社へ転職することは、自社の大切な技術や情報が同業他社へ流出するリスクを生じさせることを意味します。

そこで、このリスクに対する企業側の対策として、従業員との間で「競業禁止契約」を締結することが広く行われています。

今回の記事では「競業禁止契約」の概要について説明するとともに、アメリカ国内で「競業禁止契約」に対して生じている反対運動についてご紹介します。

 

競業禁止契約とは?

「Non-compete Agreement(競業禁止契約)」とは、従業員が在職中に兼業することや、退職後に競業行為を行うことを禁止する契約で、企業が従業員を採用する際に、従業員との間で締結されるものです。

企業の機密情報を知っている従業員を通じて競合企業に情報が漏れることや、元従業員が在職中に得たノウハウを使って起業し同業界で同一の事業を始め競合相手となることを防ぐことを目的に締結されます。

本契約が想定している典型的なリスクとしては、例えば、技術者が技術情報とともに転職し、他社から類似品を発売することや、営業職が顧客情報を持ち出し自己や他社の営業のために利用すること、また、管理職のポジションにある人間が、チームメンバーを引き連れて会社を一斉退職し、新会社を立ち上げ競合関係に立つこと等が挙げられます。

このようなリスクから企業の持つノウハウや営業秘密、技術などを保護するためには、従業員が会社を辞めた後の競合行為や引き抜きを一定期間禁じる必要があり、そのために利用されるのが「競業禁止契約」です。そして、アメリカにおいては、従業員を採用する際に競業禁止契約を締結することが広く行われています。

 

アメリカでの競業禁止契約の普及率

前述のとおり、アメリカでは競業禁止契約が普及しており、米国財務省によると、約3000万人の米国人従業員、つまり約5人に1人が競業禁止契約の制限下にあるとされています。なかでも、高所得の従業員に対しては、低所得の従業員に比べ競業禁止契約を結んでいる割合が高く、年収40,000ドル未満の従業員では約14%にとどまりますが、 年収150,000ドル以上の従業員では約半数が競業禁止契約を締結しているとの報告があります。

一方で、カリフォルニア州、ノースダコタ州、およびオクラホマ州では、企業が競業禁止契約を従業員に強制することを禁じています。

 

各州の対応

アメリカでは全国的に競業禁止契約に反対する動きがあります。例えば、ワシントン州では、2019年5月に年間の収入額が100,000ドル未満の者に対する「競業禁止契約」締結を禁止する法律が制定されました。続いて2019年 6月には、メリーランド州では低賃金労働者(1時間あたり15ドル以下、または年間31,200ドル以下の収入を得る労働者)に対して競業禁止契約を締結させることを禁止しました。ニューハンプシャー州やバーモント州などでも、競業禁止契約による法的拘束力を大幅に弱める法案を検討しています。

この動きは、政府レベルにも及んでおり、2018年には上院議員によって、競業禁止契約の締結を禁止する法案が提出されています。

 

海外進出・海外展開への影響

企業側にとって、競業禁止契約を従業員との間で締結することは、企業秘密の保護、顧客情報の保護、主要な従業員との雇用関係の保持など、さまざまな面でメリットが大きいと考えられてきました。しかし、現在は秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement)を締結することが一般的となり、競業禁止契約がなくとも、企業秘密などを保護することは可能となっています。また、2016年には連邦法として連邦企業機密保護法(The Defend Trade Secrets Act)が成立しており、企業秘密が悪用されたときに企業秘密の所有者が連邦裁判所で訴えることができるようになりました。このように時代の変化とともに競業禁止契約の役割は低下し、企業側にとってのメリットは以前よりも薄れ、逆に労働者側のデメリットが目立ってきたことが、競業禁止契約への反発につながっています。

 また、競業禁止契約が労働者の流動性を阻害している点も、時代の流れに沿っていないといえるでしょう。労働者の流動性の低下は、労働者のキャリアチェンジの自由度を縮小するだけではなく、雇用主の潜在的な人材プールをも減少させる点に留意する必要があります。

 今回取り上げた競業禁止契約のように、従業員の採用時における契約事情は、アメリカと日本とで異なる部分が多くあります。アメリカへの進出を考えている企業は、従業員の競業行為に注意を向けることはもちろんですが、それと同時に従業員が有する職業選択の自由に対しても法的・倫理的に配慮することを欠かすことはできません。雇用関係を規律する法律や世論は常に変化していますので、その領域に精通した専門家の力も借りて、十分な対策を立てた上で、現地への事業拡大を進めていくことが重要といえます。

 

※本記事の記載内容は、2019年8月現在の法令・情報等に基づいています。

 

 

弁護士法人
ファースト&タンデムスプリント法律事務所

代表弁護士 小野智博(東京弁護士会所属)

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