コンプライアンス

海外進出・海外展開:WCAGコンプライアンス:アメリカでWebサイトをすべての人が利用できるようにすることの重要性/企業がWebサイトを運営する上で注意すべきポイントとは

by 弁護士 小野智博


 

はじめに

ウェブ・コンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG)という言葉を耳にしたことはあるでしょうか?アメリカで事業展開する場合、自社関連のウェブサイトの運用におけるアクセシビリティ(障害者を含めた利用者一般に対する情報やサービスへのアクセスのしやすさ)については十分な注意が必要です。WCAGとは、ウェブアクセシビリティに関するガイドラインであり、WCAGに準拠していないウェブコンテンツをアメリカで運用している場合、その企業は訴訟リスクを抱えることになります。もしも、訴訟大国アメリカで訴えを起こされた場合、その企業はブランド力を落すだけではなく、時間的にも金銭的にも大きな損害を出すことになりかねません。また、ウェブアクセシビリティへの関心の低さは障害を持つ人々への無意識的な関心の低さともいえ、一部の消費者を蔑ろにしていることの現れであると人々からマイナスの評価をされかねません。

そこで、本記事では、WCAGについて、具体的なガイドラインの内容とともに企業が注意すべきポイントを紹介していきます。企業の利益を守りつつ、ノーマライゼーションにおける企業の社会的責任を果たすためにも、ウェブアクセシビリティについての理解を深めることをお勧めします。

ADAとWCAGについて

アメリカでは1990年7月に「障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act of 1990 :ADA)」が成立し、現在に至るまでアメリカ社会に大きな影響を与えてきました。この法律は、障害のある人への差別を禁止し、他のすべての人と同じようにアメリカの生活の主流に参加する機会を保証する、アメリカで最も包括的な公民権法の1つです。

ADAのもとでは、企業は自らが提供する商品やサービスなど全てについて、障害を持つ人々に配慮することが求められます。車椅子対応の店舗、エレベーターの設置などのバリアフリー対策はその典型的な例です。

そして、ADAは企業のウェブサイトにも適用されると解釈されています。しかしながら、実際の運用場面において、企業の運用するウェブサイトがADAに準拠しているか否かを判断するための具体的なルールが定まっていないという問題がありました。

この問題を受けて、ウェブに関わる技術の標準技術の開発と普及を行っている非営利団体であるワールド・ワイド・ウェブ・コンソーシアム(World Wide Web Consortium:W3C)は、障害を持つ人々がウェブサイトにアクセスできるようにするためのアクセシビリティに関するガイドラインを作成しました。これが「Web Content Accessibility Guidelines :WCAG」と呼ばれるものであり、このガイドラインに従うウェブサイトは、ADAに準拠していることが保証されます。WCAGはその制定後、何度かのバージョンアップを経て、現在の最新版はWCAG 2.1となっています(2019年9月現在) 。

WCAGが運用されている現在において、これに準拠していないウェブサイトを運営することは、企業にとって法的なリスクが非常に高いといえます。実は近年、ADA関連の訴訟が増加傾向にあり、ある調査によればADA関連の訴訟件数は、2017年においては814件でしたが、2018年には2285件に増加していると報告されていて、日系企業もその対象になっています。 例えば、2017年には、視覚障碍者の男性がハンバーガーチェーンを展開するマクドナルドに対し、アプリやウェブサイトについてのウェブアクセシビリティが不十分だとしてマクドナルドを訴えました。スクリーンリーダーを利用してページやアプリに含まれる情報にアクセスすることが困難であり、商品やサービスに関するクーポン等の特典が利用できないことが問題とされました 。また最近では2019年1月に、女性アーティスト、ビヨンセのウェブサイトがスクリーンリーダーの使用が困難な形でウェブ設計されていると、全盲のファンが運営会社に対し訴訟を起こしたことが話題になりました。。アクセス可能なドロップダウンメニューとナビゲーションリンクの欠如、およびマウスの代わりにキーボードを使用してナビゲートできないこと等により、Webサイトへのアクセスができなかったためビヨンセのコンサートに参加するという希望が制限された点が問題とされました。

民事訴訟の盛んなアメリカでは、このように個人が原告となって企業を訴える例が増えています。ADAに関する訴訟に巻き込まれた企業は企業イメージの面でも金銭的な面でも大きな打撃を受けます。自社のウェブサイトをWCAGに準拠させることは企業にとって非常に重要なことであるといえます。

ウェブサイトがWCAGに準拠しているか?を判断する具体的なチェックポイント

ウェブサイトの運用にあたってはWCAGを遵守する必要がありますが、ここではウェブサイトがWCAGに準拠しているかどうかを判断できる大まかなチェックポイントをご紹介します。

①音声読み上げソフト(スクリーンリーダー)に対応していること
②ウェブサイト内で利用しているテキスト以外のコンテンツ(音声など)に対して、ス クリーンリーダーで読むことができる代替テキストを提供していること
③ウェブサイト内で使用している画像に対して、スクリーンリーダーで読むことができ る代替テキストを提供していること
④マウスの使用なしに、キーボードの使用のみで、ウェブサイトのすべての機能を使用 できること

上記の質問に対し、1つでも「はい」と答えられない場合、WCAGに準拠していない可能性が高いといえます。ただし、これらのチェックポイントだけでは完全ではありません。詳細な達成項目については、公式サイトのガイドラインの確認が必要です。

今すぐ行動することが重要

アメリカでウェブサイトを運営している企業は、ウェブサイトのアクセシビリティ上の問題に関して、直ちに必要な対策を講じることが重要です。コストや時間を理由に先延ばしにしているうちに、訴訟に発展する恐れがあることを忘れてはいけません。

まずはガイドラインを熟読し、自社のウェブサイトをガイドラインに完全に準拠させるために必要なベストプラクティスを検討するべきです。社内のみで対応することが難しい場合には、その道に精通した専門家の手を借りたり、WCAG検証ツールを使用したりすることで、自社のウェブサイトの問題点を見つけるとよいでしょう。

今回はADAおよびWCAGの概要やこれらに準拠しない場合の法的リスクについて説明をしました。ADAやWCAGへの対応には一定のコストが伴います。そのため、これらへの対応に消極的な企業もあるかもしれません。しかしながら、ウェブサイトがビジネスに与える影響の大きさや、人口増加・高齢者社会を背景に今後増加が予想されている障害者人口を考えると、ウェブアクセシビリティの確保は、収益の側面で企業にとって大きなプラスになると考えられます。なぜならば、障害に関係なくすべての人がウェブコンテンツにアクセスしやすい環境を用意することは、利用ユーザー数の増加や企業ブランドの向上につながるため、経営戦略として非常に理にかなっているといえるからです。

 

※本記事の記載内容は、2019年10月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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