コンプライアンス

海外進出・海外展開:カリフォルニア州で個人年金制度CalSaversの運用が開始/従業員5人以上の企業は登録義務を要確認

by 弁護士 小野智博


はじめに

現在、アメリカにおいては、仕事を退職した高齢者の貧困が問題となっています。アメリカの公的年金制度の平均給付額は現時点で月額1,461ドルですが、経済の好調と雇用の増加を背景に住宅費が急激に上昇しているカリフォルニア州において、この給付額では、健康で文化的な生活をするために必要な費用を十分に賄うことができません。そのため、貧困状態に陥った高齢者が生活費を求めて公的支援に頼ることが多くなり、その結果、納税者の納税コストの上昇という悪循環が生じ、社会的な問題となっていました。

退職した高齢者の生活の備えについて、企業によっては、民間の貯蓄プランに加入し対策をとっているところもあります。しかし、手続きの煩雑さや手数料の高さから、特に中小企業においては、このような民間の積立制度の活用が芳しくない状況がありました。そこで、カリフォルニア州では、従業員の退職後に向けた貯蓄制度を州が主体となって設計し、その運用を開始することになりました。本稿では、個人年金制度「CalSavers」の具体的な制度の内容とともに、この制度への加入義務が企業に与える影響について説明していきます。

CalSaversとは?

2016年、ブラウン前カリフォルニア州知事はSB1234に署名し、雇用主が民間の退職プランを提供していない会社員向けに、CalSaversと呼ばれる退職貯蓄プログラムの開発を開始するよう求めました。

このプログラムは、2018年11月から50社を対象に試験運用が行われ、2019年7月から一般企業に向けて登録がスタートしました。

具体的な内容

カリフォルニア州の新法の下では、従業員5人以上の企業のうち社内退職貯蓄制度を導入していない企業は、2019年7月1日以降、民間年金基金に加入するか、あるいはCalSaversに登録を行う必要があります。今後、以下の条件およびスケジュールで、CalSaversへの登録が義務化される予定です。

企業規模

登録期限

100人以上の労働者

2020年6月30日

50人以上の労働者

2021年6月30日

5人以上の労働者

2022年6月30日

CalSaversへの登録は、雇用主が専用ウェブサイト「CalSavers.com」から行います。CalSavers.comに登録してから30日以内に、雇用主は、従業員の名前、社会保障番号、生年月日、連絡先情報をCalSaversに提供します。その後の流れについて、雇用主と従業員別に見ていきましょう。

従業員:雇用主から提供された連絡先情報をもとに、CalSaversから従業員に直接プログラムの詳細が記載された書類一式が届きます。その書類を受け取ったあと、オンラインアカウントを作成すれば、異なる納付金額や投資オプション、プログラムの参加の可否をカスタマイズすることができます。ただし、このカスタマイズは必須ではなく、何も手続きをしない場合、デフォルトの設定(総給与の5%の額が支払いサイクルごとにアカウントに貯められていき、それがCalSaversのデフォルトの投資ファンドに投資されます)で自動的にスタートします。アカウントからお金を引き出す際にはオンラインまたは電話でCalSaversに直接リクエストを行い、必要書類を提出します。手続き完了後、お金が届くには最大10営業日かかります。お金の引き出しに対して、CalSaversからの手数料徴収はありませんが、引き出し時期や理由によってIR Sより税金や違反金が徴収されることには注意が必要です。特に59歳半より前に引き出すと、ペナルティがかかることが多いので注意が必要です。

雇用主:CalSaversへの登録が完了した従業員に対して、雇用主は、源泉徴収によって給与期間ごとに参加従業員の積立額をCalSavers側へ納付する必要があります。この際、給与計算を外部に委託している場合には、委託者を代理人に指定し、手続きを代行してもらうことができます。もちろん、従業員から源泉徴収した額は納付しなければならず、CalSaversからの請求書に従って、CalSaversに納付することになります。基本的な構造としては、連邦や州に支払う源泉徴収項目と似た取り扱いとなります。

なお、上記表の登録期限を守らない企業に対しては罰則が設けられています。正当な理由なく、定められた期限内に登録しなかった企業に対しては、まずは登録不履行の通知がなされます。この通知を受け取ってから90日が経過しても本制度への登録を完了していない場合には、本制度の対象となる従業員一人あたり250ドルの罰金が科されます。さらに本通知を受け取ってから合計180日間(つまり最初の罰金後さらに90日間)経過しても登録手続きが完了していない場合には、対象となる従業員一人あたり、追加して500ドルの罰金が科せられることになります。

CalSaversは自営業者も利用することができ、2019年9月以降に個別に登録が可能となります。なお、自営業者の加入は任意となります。加入後は銀行の口座情報をCalSaversに登録します。そうすると、そこから一定額が引き出され、自身のCalSaversのアカウントへ貯められていきます。

海外進出・海外展開への影響

今後、カリフォルニア州で事業を営む場合、従業員数が5人以上であれば、何らかの形の従業員向け退職プランを会社に導入する必要があります。これまで主流であった金融機関が提供する民間の貯蓄プランは、手続きや手数料の問題で中小企業にとっては敷居の高いものでした。しかしながら、州が主体となって行うCalSaversは、雇用主はこれを無料で利用することができます。

従業員数100人以上の規模の企業は来年6月から罰則を含んだ退職貯蓄制度導入の義務化がスタートします。CalSaversは簡易な手続きであり、雇用主の負担は最小限とアピールされている制度ですので、登録要件を満たしている企業は本制度への登録を前向きに検討するべきでしょう。

また、今回ご紹介したカリフォルニア州が主体となったCalSaversは、今後他の州に広がっていくことが予測されます。実際に、オレゴン州とイリノイ州では同様の制度が既に稼働しています。

アメリカの退職貯蓄制度と日本の年金制度とでは異なる部分が多くあります。海外に進出する企業は、現地の制度に関して十分な情報収集を行い、そのルールを遵守することはもちろん、現地の制度を有効に活用する視点を持つことが大切です。制度を上手に活用して従業員の福利厚生の充実を図り、企業の利益につなげていくことが、海外進出・海外展開を成功させる上で重要といえるでしょう。

 

※本稿の記載内容は、2019年7月現在の法令・情報等に基づいています。

 

 

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