目次
はじめに
ADA(障害を持つアメリカ人法: Americans with Disabilities Act of 1990)は障害者差別を禁止する連邦法です。ADAにはWebサイトのアクセシビリティに関する特定の規定はありませんが、ADAでは公共施設での障害に基づく差別を禁止しており、企業のウェブサイトは「公共の施設」として定義される場合があるため、ウェブサイトはADAの規定(具体的な技術基準として「WCAG 2.0」レベルAA)に準拠する必要があります。
現在、ADA関連の訴訟が増加しています。実際、2018年には2017年に比べてユーザー主導のADA訴訟が181%増加しました。こうした訴訟は法廷外で解決した場合(和解)でも、最大2万ドルの費用がかかるという試算があります。
また、コンプライアンス違反の訴訟は、ビジネスに望ましくない効果をもたらします。これは、障害のある顧客や見込み顧客だけでなく、既存の顧客からのブランド非難にもつながります。そのような情報がパブリックドメインに到達すると、ブランドが受けた損害はほとんど回復できなくなります。訴訟により、ブランドに永久的な損害を与えるリスクがあるのです。
訴訟関連の金銭的負担
アメリカの場合、提訴の始まりは「Demand Letter」から始まることが多いです。これは法的不正を根拠として、賠償または何らかの義務の履行を要求する法的請求を示す手紙のことで、どういったアクセス障壁があるかが書かれています。提訴された場合でも、和解契約によって企業と原告の間で和解する方法もあります。一方、裁判となった場合は、専門家証人が呼ばれ、ガイドラインに準拠しているかどうかを判断することになります。
ここでは、デジタルアクセシビリティ訴訟における被告(企業側)の金銭的負担について具体的に説明していきます。
被告(企業側)にかかる費用
①社内の訴訟対応費用:
訴訟に対応する社員やパラリーガルの費用。シリコンバレー(カリフォルニア州、サンフランシスコベイエリア)において、社内弁護士の1時間あたりの報酬は175ドルとも言われています。ただし、社内弁護士で対応できる範囲は限定的であり、外部の専門弁護士に依頼することもよくあります。
②外部の弁護士費用:
大企業であれば、経験豊富な訴訟専門の弁護士を雇うのが一般的です。このような弁護士には、通常1時間あたり600ドル以上の費用がかかります。
原告の訴訟費用
訴訟を和解によって解決した場合、あるいは訴訟に負けた場合、企業側が原告の訴訟費用を支払う可能性があります。 実際に、原告側も企業に自分たちの訴訟費用を負担してもらうことを前提に訴訟を起こしている場合もあります。
専門家証人の費用
専門家証人とは、自分の知識や与えられた情報に基づき見解を証言する証人のことで、勝訴した場合にも企業側は自分たちの専門家証人の費用を負担する必要があります。訴訟を和解によって解決した場合、あるいは訴訟に負けた場合には、原告側の専門家証人の費用は原告の訴訟費用の一部として考えられることになります。この費用は約16,000ドルともいわれ、訴訟が長引くほど金額は大きくなります。
調停/仲裁費用
裁判の日程が設定される前に、裁判所より調停/仲裁解決が求められる場合があります。 早期の和解により訴訟の費用抑えられることを考えると、調停/仲裁解決に積極的になる理由は大いにあります。ただし、この費用も安くはなく、1日の調停に対して調停者と会場準備の費用として4300ドルかかった実例があります。なお、この額には弁護士費用は含まれていません。
アクセシビリティ改善の費用
社内でアクセシビリティに関する計画を実行中だった場合に訴訟を起こされると、進行中だった計画の優先順位はひとつ下がることになります。なぜなら、訴訟対策がまずは必要であり、社内のアクセシビリティ対応者は、尋問への準備に追われることになるからです。つまり企業側としては、社内のアクセシビリティ対応者が実施していたトレーニングを外部委託するためのコストが増加する可能性、あるいは社内で実行していたアクシサビリティ対策が中断する可能性があるのです。
エンジニアリングの費用
訴訟で問題となったウェブアクセシビリティの欠陥を修正する必要があります。外部のアクセシビリティの専門家を招くことにも、現在のウェブサイトをアクセシビリティ対応に移行することにもコストが増加します。
和解後の費用
和解契約で義務付けられる費用にはいくつかの種類があります。 例えば、次のようなものが和解内容で取り決められる場合があります。
- 一般に公開前にアクセシビリティが十分かを証明する独立監査
- 利用するアクセシビリティツールの指定
- 専門家の雇用
- 具体的なトレーニングの実施(原告からコンサルタント提示される場合もある)
別の訴訟発生のリスク
組織に対する個人訴訟が複数回発生する可能性があり、組織が最初の訴訟に対応している間に他の個人が訴えることも否定できません。 つまり、上記で挙げたコストが訴訟の数だけ倍増する恐れがあります。一部は一度の負担で済む項目もありますが、そうはならない項目も多くあります。
海外進出・海外展開への影響
アクセシビリティ標準へWebサイトを準拠させることはビジネス上、理にかなっています。現在、顧客はWebサイトをもとに企業の情報を得ることが一般的であり、Webサイトの運用は事業を展開する上で不可欠ともいえます。一方で、故意に違反するつもりはなかったとしても、Webサイトに十分注意を払わなかった場合には莫大な費用がかかる危険性に十分留意する必要があります。
特に、訴訟大国アメリカでは、Webサイトに不快感や不便さ感じた顧客が訴訟を起こす可能性が日本よりも大きくあります。訴訟の結果は、金銭的負担からブランド損害まで広範囲に及びます。
Webサイトには、目に付きやすいデザイン性や斬新的な機能性だけではなく、あらゆる障害にも対応できるような配慮が求められます。配慮により、人目を引く魅力や使いやすさを失うことを危惧するのではなく、新しい顧客の創出になると考えて、企業側が前もって対応することが重要です。
※本稿の記載内容は、2020年3月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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