はじめに
個人消費者に向けて、効果的に商品やブランド認知を高める有効な手法として「インフルエンサーマーケティング」が注目されています。インフルエンサーマーケティングとは、Instagram、YouTube、Twitterなどでフォロワーへの影響力の大きい情報発信者(以下「インフルエンサー」といいます)の情報発信力を利用して、自社商品やサービス紹介してもらうマーケティング手法です。アメリカのインフルエンサーマーケティング会社のmediakix社の調査によると、世界のインフルエンサーマーケティング市場は約5億ドル(日本円換算で約560億円)規模となっており、今後も成長が予測されています。
しかし、インフルエンサーマーケティングの展開には注意も必要です。スポンサー企業とインフルエンサーとの関係性を隠したり誤った情報を配布したりすれば、ステルス・マーケティングとして違法になるケースもあります。
本稿では、アメリカにおけるインフルエンサーマーケティングに対する法規制について、現行のガイドラインの内容と現在検討されている改正案について紹介していきます。
現行の規制
「広告における推奨及び推薦の利用に関するガイドライン」(Guides Concerning the Use of Endorsements and Testimonials in Advertising)は、米連邦取引委員会(Federal Trade Commission、以下「FTC」といいます)の規定、FTC法第5条「不公正な競争方法(unfair methods of competition)」に関する行政解釈を示しています。 法律の要件に準拠して業務を遂行する際のガイダンスとなっており、もともとは1980年に制定されたものです。その後、2009年に更新され、インフルエンサーマーケティングにも適用できるものとなりました(https://www.ftc.gov/sites/default/files/attachments/press-releases/ftc-publishes-final-guides-governing-endorsements-testimonials/091005revisedendorsementguides.pdf)。ここでは現行規制の基本5項目について見ていきましょう。
(a) Endorsements must reflect the honest opinions, findings, beliefs, or experience of the endorser. Furthermore, an endorsement may not convey any express or implied representation that would be deceptive if made directly by the advertiser.
(商品やサービスを)推奨するには、推薦者(筆者注:インフルエンサーのこと)の正直な意見、調査結果、信念、または経験を反映する必要があります。さらに、明示、黙示を問わず、広告主が消費者に対して直接広告提示すれば欺瞞的と判断される表現は、推薦者を介しても伝えることはできません。
(b) The endorsement message need not be phrased in the exact words of the endorser, unless the advertisement affirmatively so represents. However, the endorsement may not be presented out of context or reworded so as to distort in any way the endorser’s opinion or experience with the product.
広告が断定的に表現されている場合を除き、推薦文は推薦者の言葉を一字一句正確に表示する必要はありません。ただし推薦者の意見や製品に対する経験を歪曲するために、文脈を無視して提示したり言い換えたりしてはなりません。
(c) When the advertisement represents that the endorser uses the endorsed product, the endorser must have been a bona fide user of it at the time the endorsement was given.
Additionally, the advertiser may continue to run the advertisement only so long as it has good reason to believe that the endorser remains a bona fide user of the product. [See § 255.1(b) regarding the “good reason to believe” requirement.
推薦者が広告の製品を使用していることを広告に掲載する場合、推薦が行われた時点で推薦者が実際にその製品を使っている必要があります。
さらに広告主は、推薦者が善意で該当製品を使用していると判断するのに正当な理由がある場合に限り広告の掲載を継続できます。
(d) Advertisers are subject to liability for false or unsubstantiated statements made through endorsements, or for failing to disclose material connections between themselves and their endorsers.
広告主は、(推薦者による商品やサービスの)推薦を通じて行われた、虚偽の、または根拠のない宣伝文句に責任を負うものとします。あるいは、広告主と推薦者との重要な結びつきを開示しない場合にも責任を負うものとします。
また、本ガイドライン自体には罰則は記載されていませんが、FTC法第5条がガイドラインの基礎になっていることには注意が必要です。FTC法5条では、不公正あるいは欺瞞的な行為又は慣行を禁止しており、違反に対しては民事訴追(差止請求)や行政的排除措置がとられる可能性があります。
ガイドラインの強化
2017年、FTCはガイドライン違反に対する取り組みの厳格化を開始しました。これには著名人が自身の個人SNSアカウントで明確な開示のないままPRコンテンツを投稿していることをFTCが問題視したという背景があります。
まず、2017年9月、FTCはガイドラインのよくある質問(https://www.ftc.gov/tips-advice/business-center/guidance/ftcs-endorsement-guides-what-people-are-asking)についてのページを改定するとともに、リンジー・ローハン氏やナオミ・キャンベル氏など影響力の高いインスタグラマー21人に対して警告書を送信しました。そして、同年11月にはインフルエンサーたちによる紛らわしい宣伝を規制するため、インフルエンサー向けの入門ガイドライン「Disclosures 101 for Social Media Influencers」(https://www.ftc.gov/system/files/documents/plain-language/1001a-influencer-guide-508_1.pdf)を新しく公表しました。
パブリックコメント
2020年2月、2009年に改定されていた前述のガイドライン「広告における推奨及び推薦の利用に関するガイド」(Guides Concerning the Use of Endorsements and Testimonials in Advertising)について再改定すべきかどうかのパブリックコメントの募集が始まりました。このパブリックコメントでは22項目の質問についてパブリックコメントが募集されており、2020年4月21日までの提出期限となっています(https://www.ftc.gov/news-events/press-releases/2020/02/ftc-seeks-public-comment-its-endorsement-guides)。ここでは質問を一部抜粋して紹介します。
- ガイドラインで提示されている実例はマーケティングの現状に見合ったものか。そして、ガイドラインは実際に対処にする上で効果的であるかどうか。
- 消費者に対してプラスとなっているか。もしプラスとなっているとすれば、消費者が真実の情報を受け取る上でどのような影響を与えているか。
- テクノロジーや経済の変化に従い、ガイドラインを変更する必要があるか。
- 2017年に改定したよくある質問「The FTC’s Endorsement Guides: What People Are Asking(https://www.ftc.gov/tips-advice/business-center/guidance/ftcs-endorsement-guides-what-people-are-asking)」の内容をガイドライン本文に組み込む必要があるか。
- 広告主と推薦者がソーシャルメディアで予期しない重要なつながりをどの程度適切に開示しているか。
- 子どもが広告主と推薦者との重要な結びつきを理解できるか。そして、広告主と推薦者との重要な結びつきの開示が子どもにどのように影響するか。
- 無料または割引価格での製品提供といったインセンティブがあると、インセンティブを受け取るために有利なレビューを強制されていなくても、消費者レビューにバイアスがかかるかどうか。そして、そのようなインセンティブを受けたことを開示する必要があるか。開示する場合どのような形が良いか。
- 推薦者によるアフィリエイトリンクの使用について、ガイドラインで規定する必要があるか。
- レビューサイトにおいて、広告主または運営者が、レビューの収集および処理について、それらが欺瞞的または不当となることを防ぐために必要なものとして何があるか。
海外進出・海外展開への影響
現在、若年層を中心にSNSや動画配信を利用した、インフルエンサーマーケティングが勢いを見せています。テレビ、新聞、ラジオなどのマスメディアを利用した従来型の広告に取って代わりつつあるとも言えます。インフルエンサーは企業の人間ではなく、フォロワーと同じ一般消費者であるため、同じ目線で商品を紹介でき、より共感を集めやすいのです。ある調査によると、アメリカにおけるインフルエンサーマーケティングのROI(費用対効果のことであり、利益を投資額で除したもの)は685%と非常に高くなっているということです。
このような現状を考えると、日本から海外に進出する企業にとってインフルエンサーマーケティングは非常に有効だと言えます。ただし、インフルエンサーマーケティングを行う際にはステルス・マーケティングに十分注意する必要があります。ステルス・マーケティングとは広告であることを隠蔽した上で消費者に働きかける行為のことで、本稿で紹介した通りアメリカではFTCによって規制されています。
また不適切なマーケティング行為が発覚した場合、消費者から非難が殺到(炎上)し、広告主である企業のブランド価値は傷つき、その後の売上は大きく損なわれてしまうことがあります。インフルエンサーマーケティングを活用する企業側には、法的な注意点を理解して、規制を遵守したマーケティングを行うことが求められます。
※本記事の記載内容は、2020年3月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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