目次
はじめに
今日では、企業規模の大小に関わらず、世界を舞台にしてビジネス展開するチャンスが広がっています。しかしながら、契約書による合意は、多くのビジネスに不可欠である一方、国内のビジネス取引においてでさえも注意が必要であり、国際的なビジネス取引においては尚更に簡単なことではありません。言語、文化、法制度の違いは、国際的なビジネス取引に大きく影響するため、互いのビジネス文化の違いを正確に把握した上で、リスクに対して不足がないように、書面により合意を行なうことが重要です。
一般的に、日本企業は、欧米諸国とは異なる独自のビジネス文化、つまり「ハイコンテクスト文化」(関係志向を重視する文化)をもつと言われており、アメリカなどのビジネス文化が異なる企業と取引を行なう場合、ビジネス文化の違いにより、契約成立に至らなかったり、成立したとしても契約内容の理解にすれ違いが生じたりなどのトラブルが発生するリスクがあります。
本稿では、日本のビジネス文化の特徴を確認した上で、海外のビジネス文化との違いを明確にし、国際ビジネス契約の締結時におけるチェックポイントについて解説します。
海外企業との取引において不利にならないために、国内取引との違いを正確に理解した上で、契約を進めることが重要です。また、海外取引の場合、相手先も日本人ではないことが多いため、トラブルが発生したときの対処方法が一致せずに争いとなるリスクがあります。トラブルのない契約締結の手がかりとして、海外進出や海外展開を考えている日本企業の方に、本稿の内容を参考にしていただければと思います。
国際ビジネス契約の際に注意すべき言葉の違い
日本国内の契約においては、一般的に、日本語で契約書を交わすことになりますが、海外企業との契約においては、英語あるいは両国の言語で契約書を作成することが多いです。
英語のみで契約書を作成する場合、「言語の壁」による問題に注意が必要です。英文契約の経験が豊富な弁護士にリーガルチェックを依頼するなどして、異なる言語の専門的な用語やニュアンスについて正確に理解する必要があります。
また、複数の言語により契約書を作成する場合には、どの言語版を正本とするのかについて記載する言語条項を定めることが重要です。複数の言語との間で完全に意味を一致させることは不可能であり、各言語により作成された契約書の間で契約内容の解釈が異なることは避けられないため、あらかじめ、どの言語版を優先させるのかを定めておく必要があります。
言語条項の具体的な文面として、以下のようなものが挙げられます。
The whole text of the present Contract, as well as the documents derived from it, including those in the Annexes, have been written in Japanese and English, both versions being deemed authentic, but for legal purposes the text in English is to be given priority of interpretation.(本契約の全文、および付随文書を含む、本契約から派生した文書は、日本語および英語で書かれており、どちらのバージョンも本物とみなされます。 しかしながら、法的な目的のための解釈には、英語版が優先します。)
上記文面において、契約内容の解釈が法的なものに及ぶ場合、英語版が優先されることになるため、言語によらずその解釈が明瞭かつ一義的に定まる文言を用いることなどにより、不測の損失を避けるための対応が必要です。
日本特有のビジネス文化
日本のビジネススタイルには、関係志向(ビジネスパートナーシップの中核として、契約書のような書面よりも当事者間の信頼関係を重視する志向)を大事にする傾向があります。特に、日本の中小企業ではこの傾向が強いと言われます。以下、このビジネス文化が契約締結の際にどのように影響するのかを解説します。
まず、一番大きな違いは、合意に至るまでのプロセスです。
アメリカのビジネス文化の場合、「意思決定者(意思決定を行う法的権限がある者)」との間で、できるだけ早く「合意」に到達することが一般的なあり、法的権限のない者とのやり取りに時間をかけたがらないことが多いです。
他方、日本のビジネス文化の場合、「意思決定者」とすぐにやり取りすることは一般的ではなく、当該プロジェクト又は取引の担当者との話し合いの後、幹部などとの間で社内調整を行い、すべての関係者のコンセンサスを得た上で、「意思決定者」との合意に到達するという方式により行われることが多いです。
このような日本式のコンセンサスベースプロセスでは、契約締結に至るまでのプロセスが長くなりやすいという側面があります。さらに、関係者のコンセンサスを重視するため、意思決定者が契約締結の合意・不合意について返答を留保することがあります。日本企業同士の場合、この方式に慣れているため問題になることは少ないですが、意思決定の迅速さを尊重する米国企業との取引においては、米国企業側の不満につながることもあります。その結果として、契約不成立となるリスクがあるため、海外との取引においては、スムーズに意思決定をする心構えが重要です。
国際ビジネス契約でカバーされるべきトピック
ここでは日本企業が米国企業と契約締結する際に、特に注意が必要な条項について解説します。
締約者
海外企業と契約締結をする場合、契約書に署名する相手先が、契約締結の法的権限を持っていることを慎重に確認する必要があります。しかしながら、国内企業と比較した場合、相手先である海外企業の信頼性や組織構成を正確に把握することは簡単ではありません。
海外企業との契約締結前に、相手先企業が現地で事業を行うために正式に登録されていることや関連する政府当局と良好な状態にあることなどを確認するために、その企業に対してデューデリジェンスを実施することが重要です。デューデリジェンスを適切に行い、相手先企業の事業構造(例えば、資本関係にある会社の存在(親会社・子会社・その他関連会社など)、現地における相手先企業の信用性(法規制への違反履歴など)等)の情報を取得することは、有効な契約締結を支援・促進するだけでなく、潜在的な懸念事項を明らかにすることによりトラブルを回避したり、将来的なコラボレーションの可能性がある分野について予想を立ててビジネスの機会を増やすことにもつながります。
義務
国際取引においては、ある国から別の国への商品の出荷に関連する義務、リスク、およびコストを明確にするため、契約に適用されるINCOTERMSルールを指定する必要があります。さらに、特定の商品(機密性の高い機器、ソフトウェア、テクノロジーなど)を輸入又は輸出したり、特定の国で商品やサービスを提供したりする場合、政府のライセンス又は承認が必要となる場合があります。例えば、輸出管理規則(EAR)、国際武器取引規則(ITAR)、外国資産管理局(OFAC)などが挙げられます。この場合、どちらの当事者が上記のライセンス又は承認を取得する責任を負うのかについて、契約書の中に定めておくことをお勧めします。
地理的範囲
フランチャイズや販売代理店などにおいて、いずれかの当事者が事業に従事する国、地域などを特定の範囲に制限したい場合、このような地理的範囲の制限を契約で定めておく必要があります。なお、国によっては地理的制限を禁止していることもあるため注意が必要です。
例えば、米国においては、シャーマン(反トラスト)法1条(Section 1 of the Sherman Act)を考慮する必要があります。本法では取引を制限する共同行為(契約、結合、共謀など)を規制しており、流通業者ごとに販売地域を分割し、それぞれに独占的な販売権を与えるような地理的範囲の制限は本法に抵触するリスクがあります。各行為の違法性の判断については、合理の原則に基づいて事案に応じた個別具体的な検討が必要となります。
言語
先述したように、米国企業などと契約を締結し、二言語契約(英語で書かれた契約書と、別の言語で書かれた契約書)を作成する場合、どちらの言語版を正本とするのか又は両方を正本とするときはどちらを優先させるのかについて定める必要があります。なお、契約に関するやり取りに使用する管理言語を指定すること、つまり契約関連のコミュニケーションや通知を英語で行う必要があるかどうか、あるいは、別の言語で行うことができるかどうかについても定めることができます。
支払通貨
国際ビジネス契約において海外企業と取引を行う場合、当事者はどの通貨により支払が行われるのかをあらかじめ想定しておく必要があります。当事者が日本円による支払いを希望する場合、契約書には、すべての金額を日本円により支払う旨を明記する必要があります。
また、多くの国が自国通貨の通称として利用している「ドル」の扱いには注意が必要です。「ドル」という呼称は複数の通貨(例えば、米国ドルの他にもカナダドル、オーストラリアドル、香港ドル、ニュージーランドドル、台湾ドルなど)に利用されているため、契約書の中では単に「ドル」と記載するのみでは足りず、実際に使用するドルの種類を「米国ドル」「USD」のように記載する必要があります。
準拠法
契約の準拠法とは、契約の解釈と執行を管理する法体系のことを意味します。どこの国の企業も、他国の法律よりも自国の法律に精通していることが通常のため、自国の法律により海外企業との契約を締結又は管理する方が安心できます。例えば、米国カリフォルニア州の会社と日本の会社間で契約を締結する場合には、米国企業としてはカリフォルニア州の法律に準拠させることを希望し、他方、日本企業としては日本の法律に準拠させることを希望することが予想されます。
当事者が準拠法について合意できない場合、契約の準拠法に中立的な第三国の法律を選択することもできます。「例えば、ニューヨーク、イングランド、スイス、シンガポールなどの法律が挙げられます。
海外進出・海外展開への影響
以前は、世界展開する日本企業は大手企業が中心でしたが、今日では日本の中小企業が海外進出するケースが増えています。そのような時流の中でしばしば問題となるものが、ビジネス文化の違いによる海外企業とのすれ違いです。
日本は関係志向を大事にする国であり、人と人との関係性を重視しながら、ビジネスを進めていく傾向がありますが、相手先企業が異なるビジネス文化をもつ場合、自国のビジネス文化に固執したまま海外展開をしようとすると失敗するリスクがあります。日本の場合、そのビジネス文化から、相手のことをよく知った上で、契約書に反映させていくという考えにつながりやすいですが、欧米諸国では契約書を基軸にしてビジネスのやり取りが行われます。海外展開を検討している日本企業の方は、早い段階から契約書に基づくビジネスコミュニケーションを意識することをお勧めします。
また、海外企業との契約締結の際には、言語や商習慣など、ビジネス文化の違い以外にも注意すべき項目が多くあります。無用なトラブルを避けるために、現地のビジネス文化や契約に精通した専門の弁護士に相談し、事前にチェックを受けることをお勧めします。
ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしておりますので、いつでもお問合せください。
※本稿の内容は、2021年8月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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