リモートワーカーの増加を受けて、カリフォルニア州では、リモートワークをする労働者と雇用主を支援するための法改正が行われています。そのひとつとして、今回はSB 657を紹介します。SB-657 Employment: electronic documents(https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billTextClient.xhtml?bill_id=202120220SB657)のもと、雇用主が物理的に情報を提示する必要がある場合、雇用主はその情報を添付した電子メールで従業員に配布することができるようになりました。
ただし、SB-657は、従業員に対して情報を物理的に提示するという雇用主の義務を取り除くものではありません。この措置は、あくまで必要な情報をより効果的に伝達する新しい手段を雇用主に提供することを目的としています。
本稿では、カリフォルニア州の事業者が従業員に周知すべき情報について具体的に紹介するとともに、新しい法律の変更点について説明します。
カリフォルニア州の雇用主が従業員に提示・配布すべき情報
既存の法律では、カリフォルニア州の雇用主は、州の賃金や時間に関する法律で定める通知など、職場でさまざまな情報を、従業員の目に付きやすい場所に、「提示」または「配布」する必要があります。
例えば以下の情報です。
(参照:https://www.dir.ca.gov/wpnodb.html)
情報 | 概要 | 関連法
(提示物の入手先リンク) |
産業福祉委員会(IWC)の賃金規定 | IWC賃金規定は、賃金、労働時間、労働条件を規制しているのもで、産業または職業グループごとに番号付けされています。自社に適応される番号を選び、適用される条件を提示します。 | Labor Code section 1183(d) |
最低賃金 | カリフォルニア州の最低賃金(2022年1月に改定されています) | https://www.dir.ca.gov/iwc/MW-2021.pdf |
有給休暇 | 有給休暇の権利と利用に関する情報 | Assembly Bill 1522
https://www.dir.ca.gov/DLSE/Publications/ |
給与支払日 | 給与支払サイクルと支払い方法について明記します。週提供のテンプレートの他に雇用主が作成した通知書でも可能です。 | Labor Code section 207 |
仕事上の安全および健康保護 | 安全規則および規制に関する適切な情報 | Labor Code section 6328
https://www.dir.ca.gov/dosh/dosh_publications/ |
緊急連絡先 | 緊急連絡先の電話番号 | Title 8, California Code of Regulations, Construction Safety Orders section 1512 (e) |
医療記録および暴露記録へのアクセス | 危険物質/毒性物質を扱う、保管する職場で働く従業員の権利に関する情報。なお、有害物質または毒性物質を使用する雇用者のみ記載します。 | Title 8, California Code of Regulations, General Industry Safety Order section 3204 |
労災給付 | 労災給付についての情報。自社のフォームがある場合、雇用主は、州の労災請求管理担当者に当該フォームを送付してレビューと承認を得る必要があります。その他、州提供の通知フォームをダウンロードして使用することも可能です。 | Title 8, California Code of Regulations, Division of Workers’ Compensation section 9881 |
労災保険会社と補償範囲 | 雇用主の現在加入している補償保険会社名、つまり雇用主が自己保険に加入していることを記載します。 | Labor Code section 3550
加入している労働者災害補償保険会社から入手します。 |
内部告発者保護 | 14号サイズ以上の文字で目立つように提示します。内部告発者となる従業員の権利と責任、カリフォルニア州司法長官室が管理する内部告発者ホットラインの電話番号を記載しなければなりません。 | Labor Code section 1102.8 |
禁煙サイン | 就業場所のうち喫煙が禁止/許可されている場所を指定したサインを掲示する必要があります。この法律は、地元の法執行機関によって施行されます。 | Labor Code section 6404.5(c)(1) |
労働災害と職業病の記録と概要 |
の3種類のフォームがあります。 前年度に11人以上の従業員を雇用した雇用主が対象 |
Title 8, California Code of Regulations, Division of Labor Statistics and Research sections 14300 et seq. |
上記はカリフォルニア州労使関係省が要求する掲示物です。これら以外にも、州のその他の省庁および連邦政府機関から掲示義務を課されているものもあります。
例えば以下のようなものです。
情報 | 概要 | 関連法
(提示物の入手先リンク) |
職場での差別やハラスメント禁止 | Fair Employment and Housing Act, Government Code section 12900 et seq. | |
職場におけるトランスジェンダーの権利 | 2018年1月1日より義務化 | Fair Employment and Housing Act, Government Code section 12935(a), 12920, 12921, 12926, 12940, 12943 and 12945.
https://www.dfeh.ca.gov/wp-content/uploads/sites/32/2019/08/DFEH_TransgenderRights |
妊娠障害休暇 | 従業員5人以上49人以下の雇用主が対象 | Title 2, California Code of Regulations section 7291.16(d) |
家族介護・医療休暇(CFRA休暇)、妊娠障害休暇 | 従業員50人以上の雇用主が対象 | Title 2, California Code of Regulations sections 7297.9 and 7291.16(e) |
従業員への通知 | 失業保険、障害者保険、有給家族休暇保険の給付の可能性について従業員に通知します。 | http://www.edd.ca.gov/pdf_pub_ctr/de1857a.pdf |
失業保険 | http://www.edd.ca.gov/pdf_pub_ctr/de1857d.pdf | |
投票のための休暇 | 各州の選挙の10日前までに、職場の目に付く場所に、通知を掲示しておかなければなりません。 | Elections Code section 14001 et seq. |
雇用機会均等 | 障害を持つアメリカ人法(ADA)に関するポスターを提示します。 | https://www.eeoc.gov/employers/eeo-law-poster |
最低賃金(連邦公正労働基準法) | http://www.dol.gov/whd/regs/compliance/posters/flsa.htm | |
家族・医療休暇法(FMLA) | 従業員50人以上のすべての雇用主 | http://www.dol.gov/whd/regs/compliance/posters/fmlaen.pdf |
SB-657の目的と内容
カリフォルニア上院常任委員会は、2021年4月16日発表の報告書の中で、SB-657の背景を次のように記しています(https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billAnalysisClient.xhtml?bill_id=202120220SB657)。
「カリフォルニア州法では、雇用主は従業員に対して、職場における従業員の権利に関する様々な通知を行うことが義務付けられています。場合によっては、雇用主はこれらの通知を職場の目立つ場所(通常、ウォータークーラーや休憩室など)に掲示しなければなりません。また、雇用主が従業員に直接通知を行わなければならない場合もあります。COVID-19の大流行により、在宅勤務をする従業員の数が大幅に増加しました。この傾向は、パンデミックが沈静化しても続くと思われます。従業員が在宅勤務をしている場合、雇用主の通知義務の遵守はより複雑になり、雇用主が通知義務を果たすために具体的に何をしなければならないかについて、いくつかの疑問が生じています。本法案は、雇用主が従業員に対して必要な通知や掲示を電子メールで行うことを認めるものです。しかしながら、電子メールによる通知のオプションは補足的なものであり、雇用主が必要な掲示物や通知を物理的に表示する義務を免除するものではないことには注意してください。
つまり、SB -657は、電子メールを送信し、電子署名と受領確認を得ることで、職場の法的要件を従業員に知らせる新しい方法を雇用者に提供するものです。カリフォルニア州の雇用主は、この新しい方法を利用して、賃金と労働時間に関する方針と慣行を再確認することができます。2021年7月16日に州知事の署名を受け、2022年1月1日に発効しました。
賃金命令の掲示を例に、具体的な手順について説明します。
賃金命令の掲示は、最低賃金、残業賃金、食事と休憩に関する州法の要約を提供するものです。雇用主は、食事と休憩に関するポリシーを電子メールに添付し、各従業員がそのポリシーを読み、理解し、遵守することを確認するフォームに電子的に署名するよう要求できるでしょう。また、時間外労働を禁止する明確な文言とともに、時間管理規定を送付することも可能です。従業員に対して、勤務時間を正確に記録し、時間外労働を行わない旨の確認書への署名を義務付けることで、雇用主の責務を果たすことができます。
海外進出・海外展開への影響
雇用主が従業員に雇用条件などを通知するのは雇用契約時に限ったことではありません。雇用主としては、ポリシーの更新や再確認を従業員に対して定期的に提供することが重要です。
SB -657は、リモート勤務を行う従業員に対しても、食事や休憩、正確な労働時間管理の慣行について情報を提供しやすくなるでしょう。従業員へ確認を行う際のプロセスもより効率的になると期待できます。
また、企業のリスク管理の面でもメリットがあるでしょう。なぜなら、法に準じた情報提示・情報配布は、従業員からの訴訟を回避するための基本的な対策の1つとなるためです。
米国では従業員から企業に対して訴訟を起こす事例も多くあります。日本と海外では企業文化や職場慣行が大きく異なるため、従業員とのトラブルも発生しがちです。そのため、海外進出を考えている日本企業の方は、現地の職場環境整備に関する雇用・労働法に特に敏感に対処する必要があります。電子メールを活用して明文化されたやり取りを行うことで、トラブルの芽を摘み取ることにつながるでしょう。
ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。
※本稿の内容は、2022年3月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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