コンプライアンス

海外進出・海外展開:カリフォルニア州で賃金の未払に対する罰則が強化/重罪として罰せられる法的根拠と条件について(AB-1003)

by 弁護士 小野智博

 

はじめに

2021年9月27日、ニューサム知事は「AB-1003 Wage theft: grand theft」に署名しました(https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billTextClient.xhtml?bill_id=202120220AB1003)。そして、2022年1月1日より、新しい法律として施行されています 。AB-1003は、一定額以上の賃金を窃盗(つまり未払い)した場合に、雇用主へこれまでよりも重い罰則を課すことができるものです。

本稿では、AB-1003の概要とともに、AB-1003の罰則が適用される条件について紹介します。

 

カリフォルニア州の窃盗に関する法律

窃盗とは、被害者から財産の価値を永久に奪うことを目的として、許可なく、あらゆる形態の貴重な財産を他人から奪うことです。カリフォルニア州の刑法の規定においては、さまざまな程度の窃盗を区別しています。そして窃盗の規模によって、「grand」あるいは「petite」に区分されます。

窃盗の規模が小さいケースは「軽窃盗」と呼ばれることもあり、軽窃盗については、微罪となる可能性があります。(カリフォルニア州刑法第490条参照)。ここでは一定以上の窃盗規模「grand」に適用される罰則を規定したカリフォルニア州刑法第487条に焦点を当てています(https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/codes_displaySection.xhtml?sectionNum=487.&lawCode=PEN)。

刑法第487条では、大規模な窃盗を重窃盗とし、他人からの不動産、動産、労働力、または金銭の窃盗であり、950ドル以上の損失額を持つものと定義しています。

つまり、本刑法の適用範囲は、物理的なモノを盗むことに限定されず、さまざまな形態の窃盗を起訴するために使用される包括的なものです。例えば、横領、偽装による窃盗、保険詐欺、ヘルスケア詐欺、不動産詐欺、労働者補償詐欺、クレジットカード詐欺といった詐欺関連の罪や売上税違反、またはその他の金融犯罪など様々な犯罪に適用できます。そして賃金の未払いについても、一定の条件を満たすことでこの「重窃盗」として罰せられることがあり得るのです。重窃盗の刑罰は、1年以下の郡刑務所に収監されるか、または重罪として、郡刑務所に16ヶ月、2年または3年収監されると規定されています。

 

AB-1003の具体的な内容

AB-1003では、刑法に新しい項目487mを追加するものです。

487mの内容について具体的に紹介します。

487m. (a)  Notwithstanding Sections 215 and 216 of the Labor Code, the intentional theft of wages in an amount greater than nine hundred fifty dollars ($950) from any one employee, or two thousand three hundred fifty dollars ($2,350) in the aggregate from two or more employees, by an employer in any consecutive 12-month period may be punished as grand theft.

487m. (a) 労働法の第 215 条および第 216 条にかかわらず、連続する 12 ヶ月の間に、雇用主が一人の従業員から 950 ドル、または 2 人以上の従業員から合計 2,350 ドルを超える賃金を故意に盗むことは、重窃盗として罰せられる場合があります。

(b) For purposes of this section, “theft of wages” is the intentional deprivation of wages, as defined in Section 200 of the Labor Code, gratuities, as defined in Section 350 of the Labor Code, benefits, or other compensation, by unlawful means, with the knowledge that the wages, gratuities, benefits, or other compensation is due to the employee under the law.

本節において「賃金の窃盗」とは、労働法第 200 条に定義される賃金、労働法第 350 条に定義される謝礼、給付、またはその他の報酬が、法律に基づき被雇用者に支払われるべきものであると知りながら、不法な手段で故意に奪うことを指します。

(c) For purposes of this section, “employee” includes an independent contractor and “employer” includes the hiring entity of an independent contractor.

(c) 本節において、「従業員」とは、請負業者を含み、「雇用主」は請負業者の雇用主体を含みます。

(d) Wages, gratuities, benefits, or other compensation that are the subject of a prosecution under this section may be recovered as restitution in accordance with Sections 1202.4 and 1203.1. This section does not prohibit the employee or the Labor Commissioner from commencing a civil action to seek remedies provided for under the Labor Code for acts prosecuted under this section.

(d) 本節に基づく訴追の対象となった賃金、チップ、給付金、またはその他の報酬は、第1202.4条および第1203.1条に従って、賠償金として回収することができます。本項は、従業員または労働委員会が、本項に基づいて起訴された行為について、労働法に規定された救済を求める民事訴訟を開始することを禁止するものではありません。

(e) This section does not constitute a change in, and does not expand or limit the scope of conduct prohibited by, Section 487.

(e)本節は、第 487 条により禁止される行為の範囲を変更するものではなく、また拡大または制限するものでもありません。

 

従来の法律と新しい法律の違いはどこにあるのでしょうか?

新しい法律では以下の点で対象が明確化、罰則が強化されたということです。

従来は、軽罪の可能性があると考えられてきた労働法違反がいくつかありますが、AB-1003によって、賃金の窃盗が重罪と見なされる可能性を示しています。これは、カリフォルニア州として、賃金の未払い違反を注視しており、雇用主側は、賃金のルールについて真剣に受け止めなければならないという明確なメッセージであるともいえるでしょう。

 

賃金の窃盗として考えられる具体的な行為と賃金の窃盗と認定される条件「意図性」について

賃金の窃盗は、雇用主が労働者に支払うべきすべての賃金を支払わなかった場合に発生します。例としては、最低賃金未満の支払い、残業代の支払いに不足がある、法律に規定された食事や休憩時間を提供できていない、従業員に時間外労働を要求することが含まれます。

そのため、AB-1003の対象となるのは、以下のような職務につく者です。

AB-1003は、労働者に手厚い保護を与えるものですが、新法の下では、賃金の窃盗は意図的なものでなければならないとされていることに注意する必要があります。賃金の窃盗が不注意によって発生したものではないと示さなければ、意図的と認定されません。

 

雇用主として注意すべきこと

残業代の支払いの不履行、最低賃金の支払いの不履行、時間外労働の許可、不適切な食事と休憩時間の慣行など、雇用主が賃金の窃盗と見なされる可能性のある違反は数多くあります。

雇用主(請負業者の雇用主体も含みます。)は、カリフォルニア州の法律に準拠していることを確認するために、報酬方針と慣行を確認する必要があります。さらに、報酬方針を実施する監督・管理者は、監督・管理者としての義務を確実に理解しておかなければなりません。

雇用主としては、自社の就業規則を確認し、必要に応じた研修を実施すると良いでしょう。研修を実施することで、すべての監督・管理者が賃金および労働に関する法の基本について理解し、自社のリスクを認識することにつながります。

特に、2022年1月からはカリフォルニア州の最低賃金が時給15ドルとなりました(従業員26人以上の場合時給15ドル、従業員25人以下の場合時給14ドル)( https://www.dir.ca.gov/dlse/faq_minimumwage.htm)。このような規定の変更に対応できているか、すべての従業員の賃金を監査・確認すると安心です。

 

海外進出・海外展開への影響

カリフォルニア州では、労働者の権利拡大や保護の拡充のための法整備が活発となっています。毎年のように規定の改定が発生していますので、日本から海外進出をおこなう多くの企業にとって、法律へ準拠するための社内整備に頭を悩ますことも多いことでしょう。

ただし、賃金の未払い=刑罰、民事罰がすぐに課されるというわけではありません。まずは、社内の監査制度や研修制度を十分に実施した上で、万が一未払いが発生した場合には、すぐに支払いを行えば、大きなトラブルにつながる可能性は低いでしょう。大切なのは、指摘された際にしっかりと状況説明をできる環境を整えておくことです。

日本企業にとって海外の法律に準拠した社内整備は簡単ではないかもしれませんが、弁護士にリーガルチェックを依頼し、確認しながら進めて行くと安心でしょう。

ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。

※本稿の内容は、2022年6月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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