コンプライアンス

海外進出・海外展開:カリフォルニア州において雇用主に対する記録保持要件が拡張される

by 弁護士 小野智博

 

はじめに

2021年9月23日、カリフォルニア州知事は、カリフォルニア州公正雇用住宅局(California Department of Fair Employment and Housing:DFEH)による公民権法の執行について手続き上の修正を加える上院法案807(SB 807)に署名しました(Bill Text – SB-807 Enforcement of civil rights:https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billNavClient.xhtml?bill_id=202120220SB807)。これは、DFEHの権限を強化するものであり、DFEHによる調査に対しては、関係者は強制的に調査に協力する必要があるため、その部分で企業の雇用者にも影響を与えるといえます。

特に、SB 807は雇用主に対する記録保持要件を拡張している点に注意しなければなりません。本改訂は、2022年1月1日より適用されます。企業としては、新しい要件に準拠するように人事記録の管理ルールを改める必要があるでしょう。

本稿では、SB 807の概要について説明するとともに、書類保存に関して企業が取るべき対応について紹介します。労働関係書類を適切に保管し、万が一調査協力を求められた際には、スムーズに提供できるようにしておきましょう。

 

カリフォルニア州において公正雇用に関する紛争が発生したときの解決方法

一般的に、裁判所での訴訟は⾧期にわたって争われることとなりますので、当事者となった場合には、その金銭的・精神的な負担は大きなものになります。もっとも、米国は訴訟大国と呼ばれる一方で、実は、裁判所に持ち込まれる案件のうち、裁判や仲裁に持ち込まれるケースは一部であり、大部分は示談となるため、予想よりも当事者の負担を抑えられることも多いです。

また、その他に当事者の負担を低減させるものとして「裁判外紛争解決(ADR)」という解決手段もあり、これは米国の場合、裁判官や陪審員による裁判は行われるものの、その内容が公にされることはなく、費用の負担を減らしながら和解させるという方法です。

この裁判外紛争解決は企業にとってもメリットが大きく、公にされないため企業秘密の漏洩を防ぎつつ、訴訟に掛かるコストを節約することにつながります。

現在、カリフォルニア州には、公正雇用住宅法(Fair Employment and Housing Act:FEHA)というものが存在しており、この法律では、職場での差別を禁じるとともに、カリフォルニア州の雇用主(企業)とその従業員を対象に差別を防止するためのガイドラインを規定しています。そして、この法律を施行・執行するために設定されているのが、カリフォルニア州公正雇用住宅局(California Department of Fair Employment and Housing:DFEH)です。

FEHAは、DFEHに対し、市民からの請求があった場合にはその内容を調査し、裁判外紛争解決(ADR)を通じて紛争の解決を試みることを求めています。そして、ADRで解決できなかった場合には、DFEHの判断で、市民に代わってDFEHの名前で企業側に民事訴訟を提起することもできるのです。例えば、職場でセクシャルハラスメントがあったという苦情が市民からDFEHに寄せられた場合、DFEHはその内容を確認して、トラブルの解決を試みます。

  

新法律の概要

カリフォルニア州の雇用主にとって注目すべきは、SB 807が現行の人事記録保持の要件を拡大したことです。 つまり、2022年1月1日より、雇用主は、応募者と従業員の人事記録を、記録の作成日または雇用措置が採られた日から4年間保持しなければならなくなりました(これまでは2年間の保持)。 また、FEHA関連の訴状が提出された場合には、雇用主に対して追加の保管義務が発生します。

さらに、個人による特定の法令違反に対して行われる民事訴訟の提訴期間には時効が定められていますが、SB 807では、個人からの請求に基づき、DFEHが関連訴状を調査している間は、その時効期間の進行を停止させ、提訴期間を延長しています。

その他にも、この新法はDFEHの執行権限、義務および手続きを以下の通り変更しています。

 

企業で保持すべき従業員の記録

企業にとって、従業員の記録を保持するのは、手間も場所も取る厄介なものかもしれません。しかし、書類ごとに保持すべき期間が法律で定められており、勝手に破棄して良いものではありません。

従業員を雇用する場合には、法律により従業員の記録について一定の期間以上保持することが義務付けられているのです。また、本稿で取り上げた法律(SB 807)では従業員の人事記録が保持の対象ですが、その他にも、給与や保険に関する記録なども保持の対象です。特に米国では、州ごとに規定の内容が大きく変わりますので、注意が必要になります。

なお、連邦法と州の法律で、上記の保持期間が異なる場合には、長い方の期間が優先されます。

ここでは、企業が記録すべき一般的な従業員記録を紹介します。

 

海外進出・海外展開への影響

本稿で紹介したカリフォルニア州の新法(SB 807)は既存の法律を拡張する内容ですので、全く新しいシステムを準備する必要はありません。ただし、2022年1月1日より適用されますので、SB 807により要請される期間は従業員記録を保持できるように内部ルールを確認し、また必要があれば変更することが重要です。また、保持期間が延長されたことにより、記録の保持に広いスペースが必要となることも予測されますので、これまで紙媒体で保存していた場合には、デジタル化を進めるなどして、より効率的な保持の方法について考えてみるのも良いでしょう。

カリフォルニア州では従業員保護を拡大する方向に法改定が積極的に行われています。例えば、従業員が受けたハラスメントに対する保護を拡大する法律(SB 1300)や、従業員のハラスメントや差別に対して情報開示を拒否する内容の和解を禁じる法律(SB 820)、セクハラ防止トレーニングを義務化する法律(SB1343)などが挙げられます。企業としては、訴訟リスクを下げるという意味でも、新しい法制定に留意し、しっかりと順守できる体制を整えることが重要になります。

また、今回はカリフォルニア州の事例ですが、米国では州ごとに規定が異なり、また連邦政府の規定と州の規定が同一でないこともよくあることです。したがいまして、一般的に国単位で一律規制が行われる日本に比べて、ルールが複雑になりますので専用ツールを活用したり、詳しい弁護士にリーガルチェックを受けるなどして、法律に準拠できる体制づくりに努めることが重要でしょう。

弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所は、海外進出・海外展開に関する法務には特に高い知見と経験を有しています。特に日本からアメリカへの進出を目指す企業様が多数、当法律事務所の顧問契約サービスを利用されています。

企業の皆様は、ビジネスのリスクは何なのか、リスクが発生する可能性はどれくらいあるのか、リスクを無くしたり減らしたりする方法はないのか、結局会社としてどうすれば良いのか、どの方法が一番お勧めなのか、そこまで踏み込んだアドバイスを、弁護士に求めています。当法律事務所は、できない理由を探すのではなく、できる方法を考えます。クライアントのビジネスを加速させるために、知恵を絞り、責任をもってアドバイスをします。いつでもご相談ください。

※本稿の内容は、2022年6月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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