はじめに
カリフォルニア州の多くの従業員にとって、週の労働時間が短縮されることが現実のものとなるかもしれません。現在、500人以上の従業員を抱える企業の標準労働時間を週32時間とする法案がカリフォルニア州議会を通過しようとしています。この法案が可決した場合、現在の標準労働時間である週40時間から週32時間に労働時間が減っても、給与の減額はなく、週32時間より多く働く人には通常の給与の1.5倍以上の報酬が支払われることになります。
本稿では、カリフォルニア州で審議中の法案「Assembly Bill 2932(https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billNavClient.xhtml?bill_id=202120220AB2932)」の概要とともに、米国企業による週4勤務への取り組みも紹介します。
米国での残業代規定
残業代とは、労働基準法で定められた時間以上の法定労働時間を超過して就労(法定時間外労働)をした際に支払われる報酬のことで、米国連邦公正労働基準法(FairLaborStandardsAct:FLSA)ではこの時間は週40時間と定められています。つまり、FLSAでは週40時間が「法定労働時間」となり、週40時間以上の就労を行った際には、該当従業員の時給の1.5倍が「残業代」として支払われなければならないのです。
多くの州では残業代に関しての州独自の州法が制定されていないため、FLSAが定める1週間40時間以上の就労について、時給の1.5倍の残業代を支払っていれば、法令に遵守していることになります。これに対して、カリフォルニア州ではFLSA以外に、州独自の残業代に関する法律が制定されています。
たとえば、カリフォルニア州ではFLSAで定められている週40時間を超えた分だけではなく、1⽇8時間を超えた分や、7⽇間連続で出勤した場合の7⽇目の勤務時間が残業になるなど、1日単位から残業代の計算を行っており、1週間の労働時間が40時間未満であっても、1日8時間以上の就労に関しては残業代を支払う必要が出てくるのです。そのため、カリフォルニア州で、『週休3日にして、1日の労働時間を長く設定する』ような働き方を実施すると、事業主の賃金負担が大きくなってしまうことに注意が必要です。
AssemblyBill2932の概要
今回、カリフォルニア州議会議員EvanLow氏とCristinaGarcia氏が提案したAssembly Bill 2932(以下、「AB2932」とします。)は、カリフォルニア州労働法第510条を改正し、従業員500人以上の企業では、週40時間の標準労働時間を週32時間労働に変更するものです。
AB2932が可決されれば、カリフォルニア州は全米で唯一、週40時間という基準を週32時間に引き下げることになります(ただし、従業員500人以上の雇用主に対してのみ)。
さらに、AB2932には以下の規定が追加されています。
週32時間での報酬率は、以前の週40時間での報酬率を反映するものとし、雇用主は、この時間単位の労働時間の短縮要件の結果として、従業員の通常の報酬率を下げてはならない。
要するに、AB2932により増加した残業代込みの賃金を減らすために、法定労働時間内(週32時間)の賃金を減らすことを禁止しているのです。
なお、上記の点について、下記のことに留意しておくと良いと思います。
米国では、従業員の雇用形態は「Exempt」か「Non-Exempt」 のいずれかのステータスに分けられます。
Exemptと認定されるには①最低給与額、②業務内容、③決定権の有無の条件を満たす必要があります。Exemptの従業員は、能⼒を買われており、時間を買われているわけではありません。そのため、出退勤を記録する必要もありません。例えば週 20 時間しか働かなかった時でも、反対に週 50 時間働いた時でも、決まった固定給を受け取ることになるのです。
一方で、Non-Exempt 従業員については、FLSA/州/自治体で定められた最低賃⾦を受け取る権利およびFLSA/州/自治体で定められた残業代を受け取る権利があり、出退勤を日々記録し、勤務時間を管理する必要があります。
今回審議中のAB2932の対象となる雇用主が、週労働時間の短縮に基づき給与所得者であるNon-exempt従業員の給与を減らすことを禁止するのか、それとも、時間給のNon-exempt従業員の時間給を増やし、最終的に週40時間と同じ額の給与を得ることを雇用主に要求するかは今のところ不明です。
現時点では、AB2932が現実的に法制化される可能性があるかどうかはまだ不明ですが、もし成立すれば、米国では1926年以来、初めて週40時間労働の定義が変更されることになります。
ただし、カリフォルニア商工会議所は、この法案が結局は企業側により多くのコストを課すことになるため、「ジョブキラー」であるとし、反対しています。
カリフォルニア商工会議所の公共政策顧問であるアシュリー・ホフマン氏は「人件費はビジネスが直面する最も高いコストの1つであることが多い。このような人件費の大幅な増加は、企業の雇用や新規職の創出能力を低下させ、その結果、カリフォルニアの雇用の増加を制限することになる」と反対意見を述べているのです。
連邦レベルでもAB2932と同様のルールが提案されており、2021年には、マーク・タカノ下院議員(民主党、カリフォルニア州選出)が、同じく週労働時間を短縮する法案を提出しています(https://takano.house.gov/newsroom/press-releases/rep-takano-statement-on-congressional-progressive-caucus-endorsement-of-32-hour-workweek-act)。
週休3日制導入のトレンド
現在、週休3日制(週4日勤務)への支持が高まっています。支持者は、その理由として、『勤務日を減らすことで、同じ仕事をより短い時間でこなすことができること』を挙げています。現在では、従業員の福利厚生の一環として、週休3日制を導入する企業が増えています。
今月初め、米国とカナダの数十社が、週休3日制の6ヶ月間の試験運用を開始しました。これは、NPO法人「4 Day Week Global(https://www.4dayweek.com/)」が主導しています。
4 Day Week Globalのプログラムでは、参加企業に対してより効率的な働き方を考えるためのワークショップを実施し、それを実践しているメンター企業とのマッチングを提供しています。さらに、米国ではボストンカレッジの研究者と協力して、生産性と従業員の幸福度の変化を長期的に測定しています。
多くの企業は、4日間で40時間を維持するのではなく、4日間で32時間まで労働時間を短縮しています。同NPOはこれを「100-80-100モデル」と呼んでおり、労働者は80%の時間で100%の賃金を受け取り、100%の生産性を維持するのです。
米国ニューヨークで事業を展開するKickstarter社の事例を見てみましょう。
Kickstarter社は、映画、音楽、アート、演劇、ゲーム、コミック、テクノロジー、ファッション、フード、デザイン、写真など、さまざまな分野のプロジェクトを支援するための資金調達ツールを提供しており、支援者には、資金提供の対価として有形の報酬やユニークな体験が提供されるモデルで成功しています。
同社は2009年4月にサービスを開始後、2021年より完全なリモート勤務を導入しています。同社のVPのLeland氏は、週休3日制を試験的に導入するのは理にかなった動きだと話しています。100人弱の従業員を抱えている同社ですが、少ない労働時間で同じ納期を守るために、さらに人を雇わなければならないとは考えていません。週休3日制は採用面接で自社の競争力を高めており、質の高い従業員を得るのに役立っていると期待しているのです。
実際、労働者の大多数は週休3日制を望んでいます。2022年1月にQualtricsが1,021人を対象に行った調査によると、92%の人が週休3日制を支持しており、精神衛生と生産性が向上すると答えました(https://www.qualtrics.com/news/most-u-s-employees-want-a-four-day-work-week-even-if-it-means-working-longer-hours/)。
4 Day Week Globalの6ヶ月間の試験運用に参加する米国企業は、従業員25人のスタートアップ企業から数百人の大企業までと様々ですが、参加企業の大半は、ハイテク、金融、プロフェッショナルサービスといったいわゆるホワイトカラー部門です。もっとも、これらの部門以外にも、製造業、レストラングループ、非営利団体、政治団体などこれまでとは異なる業種からの参加も増えており、広い分野で週休3日制導入が検討され始めている状況です。
従来、柔軟な働き方はホワイトカラー(Exemptの従業員)中心でしたが、今後時間給で働く従業員に関しても導入が進めば、時間外手当や残業手当に関する法規制の見直しも実施される可能性が高くなることでしょう。
海外進出・海外展開への影響
Assembly Bill 2932(AB2932)の提案者の一人である民主党のCristinaGarcia下院議員は声明で、「産業革命の時代に役立った勤務体系に、いまだにしがみついているのは筋が通らない。新型コロナウイルスの大流行と、”Great Reshuffle “とも呼ばれる「大辞職」により、今が変化の時期であることが明らかでしょう。」と述べています。
2021年には4800万人近くのアメリカ人が仕事から離れ、この傾向はまだ続いています。米国労働省によると、2022年2月だけで440万人近くが退職しているのです。
労働時間が長いことと生産性の向上との間に相関関係はないことは様々な研究で明らかになっており、今後はこれまでの1日8時間週5日勤務とは異なるスケジュールが増えてくるでしょう。
その際に、企業側としては、労働時間に基づく給与や残業手当の計算に十分注意する必要があります。給与の未払いなどは、従業員から雇用主に対する主な訴訟原因のひとつであり、勤務時間の仕組みを変える際には、法に則った給与支払いも同時に考える必要があるのです。連邦制度の他にも州独自の制度もあるので、問題はより複雑になります。トラブルに発展しないよう企業側は弁護士にリーガルチェックを依頼し、従業員との契約内容に問題がないかについて、法務確認を取るようにしましょう。
ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。
※本稿の内容は、2022年6月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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