コンプライアンス

海外進出・海外展開:米国のチップ制度について雇用主側が注意すべきポイントとは?

by 弁護士 小野智博

はじめに

米国でビジネスを展開し、現地で従業員を雇用する場合には、現地の雇用関係の法律に注意する必要があります。その中でも、チップ制度は、日本にはない仕組みであることから、日本企業にとっては理解が難しいものです。米国では、レストランのウェイトレスなどは、チップによる補填を見込んで、雇用主から支払われる賃金が低く設定されていることが一般的でした。実際に、飲食業の従業員にとって、チップは収入の大部分を占めています。

雇用主としては、最低賃金の支払い義務に対する手当としてチップクレジット(チップによる補填)を利用することで人件コストを抑えたい思いもあるでしょう。ただし、米国の労働省は2020年と2021年、賃金にチップをどう組み入れるかを定める新たな規則を発表しており、注意が必要です。

雇用主は、チップクレジットに適用される連邦および州の法律と規則を遵守し、従業員の賃金を正確に計算しなければなりません。本稿では、米国のチップ制度に関して、雇用法の観点から解説するとともに、新しいガイドラインに対する注意点を紹介します。

 

米国でのチップクレジット規定について

チップクレジットとは、雇用主が従業員のチップの一部を最低賃金の支払い義務に充当できる制度です。チップクレジットは、チップを受け取る従業員(月30ドル以上のチップを定期的に受け取る従業員と定義されています。)にのみ適用され、チップを生み出す労働時間またはチップを生み出す労働を直接支援する労働時間を適用対象とします。チップは顧客から直接もらうか、チッププール(接客担当者が受け取ったチップの預り金)の一部としてもらうことができます。

この制度の基本方針は公正労働基準法(FLSA)に基づきます。FLSAとは、雇用主が従業員に少なくとも連邦最低賃金(現在時給7.25ドル)を支払うことを義務付ける連邦法で、FLSAでは、雇用主が、従業員が受け取ったチップの一定額を、この連邦最低賃金の支払いのための控除として計上することを認めています。

具体的に説明すると、雇用主は、基本時給(最低2.13ドル)を支払い、残りの金額(5.12ドル)を従業員が受け取ったチップで補填することにより、連邦最低賃金を満たすことができます。雇用主は、チップが最低賃金に加算されていることを従業員に通知する必要があり、従業員は基本的に受け取ったチップのすべてを受け取ることが可能です。通知の要件については、DOL Fact Sheet #15(http://www.nsea-elks.org/whdfs15.pdf)で説明されています。

なお、米国では、従業員をExempt Employee(適用対象外) とNon-Exempt Employee(非適用対象外)とに区分しますが、チップを受け取る従業員は、通常、非適用対象外として分類され、残業代などについては、FLSAが基準適用されます。例えば、チップを受け取った従業員が1週間に40時間以上働いた場合、雇用主は適用される賃金・労働時間法に従い、残業代を支払わなければなりません。

 

チップクレジットに関する州法

FLSAは雇用主が従業員に少なくとも連邦最低賃金を支払うことを義務付けていますが、州法では異なる規定を採用している場合があります。これは、多くの州が連邦の時給7.25ドルより高い最低賃金を設定しているためです。

さらに、アラスカ、カリフォルニア、ミネソタ、モンタナ、ネバダ、オレゴン、およびワシントンにおいては、チップを受け取った従業員の雇用主がチップクレジットによって賃金を補填することを許可していません。また、チップクレジットの利用を認めていたとしても、より高い直接賃金を従業員に支払うことを要求している場合や、チップを支給される従業員やチップクレジットを適用できる条件について、FLSAとは異なる定義を設けている場合もあります。

そのため、雇用主はチップクレジットが適用される条件について、米国労働省(DOL)からの規則とともに、州独自の情報も参照することが重要です。

 

チップのプーリング

雇用主は通常、従業員のチップの一部を保持することは禁じられていますが、チップを受け取る従業員のためにチッププールの仕組みを設けることは可能です。この制度では、チップの一部または全部を徴収し、チップを稼ぐスタッフに再分配します。レストランにおいて、ポジションによる大きな賃金格差がある場合、チップを再分配することで公平性が増し、従業員の満足度向上、人材確保につながる可能性があります。

2020年に発表された規則(https://www.federalregister.gov/documents/2020/12/30/2020-28555/tip-regulations-under-the-fair-labor-standards-act-flsa)では、調理場のスタッフ(料理人や洗い場の担当者ら)も、接客担当者が受け取ったチップをチッププールから受け取れるようになりました。これは、接客スタッフとその他のスタッフの間の賃金格差に対処することを目的としています。

DOLでは、新規則により、接客担当者と調理場スタッフの間では、1億900万ドルものチップが共有されると試算しています。外食産業はこの規則を歓迎していますが、一部の雇用主がチッププールの対象拡大を理由に、調理場スタッフの賃金を引き下げるのではないかとの新たな懸念も生まれています。

 

チップ制度に関する連邦最終規則の発効(2021年)

2021年、連邦政府はチップ制度に関する最終規則を再び発表しました(https://www.federalregister.gov/public-inspection/2021-23446/tip-regulations-under-the-fair-labor-standards-act-partial-withdrawal)。

ここでは新規則による改正内容を紹介します。

機能的職務テスト

新規則では、従業員の職務に基づく「機能的」テストを導入しています。この機能的テストでは、従業員の仕事を3つのグループに分類し、それぞれの例を示しています。

(カテゴリー1)
チップを生み出す仕事。これは、従業員が直接顧客にサービスを提供し、その対価としてチップを受け取る仕事です。例としては、テーブルサービス、注文取り、料理の配膳を行うサーバー、バーで飲み物を提供し、顧客に話しかけるバーテンダー、水用グラスの補充、皿洗い、テーブルの後片付けや飲み物の補充を行うバッサーなどが挙げられます。

(カテゴリー2) 補助的な仕事。これは、チップを受け取る従業員が、チップの発生する接客業務の準備や補助のために行う業務です。例えば、サーバーが塩コショウ入れやケチャップボトルの補充、ビュッフェ皿の回転、ダイニングエリアのテーブル下の掃除、テーブルセッティングを行うこと、バーテンダーがドリンク用のフルーツのスライス、バーエリアでのバーやテーブルの拭き掃除、掃除機がけ、グラス掃除を行うこと、バッサーがナプキン折り、ビュッフェ皿の回転、氷やソーダ、食品保温機の掃除、バッサーステーションでの在庫管理を行うことなどです。

(カテゴリー3) チップ対象業務に属さない仕事。チップを受け取る従業員の業務に属さない仕事であり、チップを受け取るようなサービスをお客様に提供するものではありません。例としては、サーバーやバッサーが料理を準備したり、キッチンやバスルームを掃除したりすること、バーテンダーが料理を準備したり、ダイニングルームやキッチン、バスルームを掃除したりすることが挙げられます。

「80/20ルール」の復活

2021年の最終規則では、2020年に廃止された「80/20ルール」を復活させています。このルールは、80%以上の勤務時間がチップを生み出す仕事であり、20%以下の勤務時間が補助的な仕事である限り、雇用主はチップクレジットを利用することができると定めるものです。なお、チップ対象職業に含まれない仕事を従業員が行っている時間については、チップクレジットを利用することはできません。

チップクレジットを利用しようとする雇用主は、従業員の各カテゴリーごとの労働時間を管理することが重要です。なぜなら、少なくとも80%以上の勤務時間をカテゴリー1に、20%以下の勤務時間をカテゴリー2に費やしている場合には、チップクレジットを活用できますが、従業員がカテゴリー3の作業を行っている場合、その時間に対しては最低賃金を支払う必要があるためです。

チップを受け取らない「相当な時間」の補助業務はチップクレジットの適用対象外

新規則では、従業員が「相当な時間 の補助業務(カテゴリー2)を行った場合、雇用主はチップクレジットを利用することができないと定めています。これは、従前の「80/20ルール」に由来する概念と同じですが、新規則では、さらに新たな要件が規定されています。

新規則では、従業員が連続30分を超える時間、補助業務(カテゴリー2)を行った場合、雇用主はチップクレジットを利用することができないと定めています。雇用主は、連続した最初の30分についてはチップクレジットを利用することができますが、最初の連続30分が経過した後に行われた補助業務に対しては、最低賃金を支払わなければなりません。
よって、勤務時間中に30分未満で行われた補助業務については、「80/20ルール」の適用対象となり、チップクレジットの利用は可能となります。

 

海外進出・海外展開への影響

米国内でもチップ制度の是非は度々議論されています。チップ制度は、従業員、雇用主、顧客にとって、複雑なルールとなっており、チップをなくし、商品代金へと転化し、従業員の直接賃金をあげようとする動きもあります。ただし、チップ制度廃止に反対する声も根強く、チップ制度廃止への道のりは具体的に見出せてはいません。

現状、チップを受け取る業界の企業は、給与計算や税金の複雑さに加え、従業員のチップ収入を正確に報告する義務に直面しています。給与計算の未払いは、従業員からの訴訟の主な原因となっていますので、企業側は法に則った給与計算を行い、正確な手続きを進めることが重要となってきます。

ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。

※本稿の内容は、2022年9月【記事作成年月を記載してください】現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所」

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