コンプライアンス

海外進出・海外展開:カリフォルニア州で2023年1月から施行のSB1162/企業は求人の段階で給与を公開することが求められるように

by 弁護士 小野智博

はじめに

2022年9月27日に米カリフォルニア州知事 ギャビン・ニューサム氏がSB1162(https://leginfo.legislature.ca.gov/faces/billNavClient.xhtml?bill_id=202120220SB1162)に署名をしたことで、2023年1月より、カリフォルニア州における給与の透明性に関する要件がさらに強化されることになりました。

具体的には、求職者が応募をするポジションの給与体系の開示を企業に要求することに加えて、既存の従業員も現在のポジションでの給与体系の開示を要求することが可能となります。さらに、15人以上の従業員を抱える雇用主は、求人広告にそのポジションの給与体系を記載しなければならなくなります。

SB1162の求人広告要件に関する規則は、カリフォルニア州の企業だけに影響を与えるものではありません。全国的に雇用している雇用主や、遠隔地で働く労働者を雇用する可能性のある雇用主にも法的遵守の課題をもたらすことになります。雇用主は、異なる管轄区域で別々の求人広告を打ち出すのか、あるいは全国一律の広告にするのかを判断する必要が出てくるでしょう。

さらに、リモートワークの利用が増えることで、追加の問題が生じる可能性もあります。例えば、カリフォルニア州を拠点としない雇用主が、カリフォルニア州からリモートで働く可能性のある応募者の中から採用する場合にもSB1162の規制対象となり得ます。

本稿では、SB1162に基づく雇用主の新たな義務とともに、法的遵守に関する新たなリスクについて紹介します。この法律は大企業のみが影響を受けるものではなく、項目によっては15人以上の従業員を持つ中小企業にも影響を与えます。日本企業で海外進出、海外展開を検討している場合にも、本法の影響を受ける可能性があるでしょう。雇用主として、規制の変化を把握し、社内整備を再検討することで、新しい法律に備えることが求められます。

 

SB1162の概要

SB1162(カリフォルニア州上院法案No.1162)は、雇用に関連する労働法第 432.3 条を改正するための法律です。2022年9月27日、米カリフォルニア州知事 ギャビン・ニューサム氏によって承認され、2023年1月より施行されます。

SB1162は、給与体系の開示を企業に対し求職者だけでなく従業員からも求められるようにしたとともに、一定数以上の従業員を抱える企業が提出する必要がある給与データ報告書についても、複数の重要な変更を加えています。

ここでは、変更のポイントを3つのカテゴリーごとに紹介します。

給与体系の開示

カリフォルニア州では現在、雇用主が採用プロセスにおいて、報酬や福利厚生を含む給与の履歴を応募者に尋ねることを禁止しています。また、応募者からの合理的な要求があれば、雇用主はその職種の給与体系を提供することを義務付けています。

SB1162では、求職者が応募するポジションの給与体系を要求できる権利を、求職者だけでなく従業員にも拡大しています。つまり、雇用主は労働者からの要求があった場合にも、該当ポジションの給与体系を提供しなければならなくなりました。

さらに、15人以上の従業員を抱える雇用主は、求人広告にそのポジションの給与体系を記載しなければなりません。給与体系とは、雇用主がそのポジションに対して支払うと合理的に予想される給与または時間給の範囲と定義されます。

求人広告の発表、掲載、出版、その他の周知に第三者を利用する場合、企業は給与体系を第三者に提供しなければならず、第三者も求人広告に給与体系を含めなければなりません。

従業員記録の保存

SB1162は、新しい記録保持要件を追加します。つまり雇用主は、従業員の雇用期間中および雇用終了後3年間、役職や賃金履歴を含む従業員記録を保持する必要があります。これらの記録は労働委員会の検査の対象となります。

給与データ報告書

米国では連邦法として、従業員が100人以上のすべての雇用主は、雇用主情報報告書EEO-1と呼ばれるデータレポートを雇用機会均等委員会(EEOC)に提出する必要があります(https://www.eeoc.gov/data/eeo-1-data-collection)。EEO-1は、9つの職業分類における男女の人種構成比を報告するもので、毎年提出が義務付けられています。

一方、カリフォルニア州では2020年以降、州レベルの規制として、従業員100人以上のカリフォルニア州雇用主に対して、特定の賃金情報を含む賃金データ報告書をカリフォルニア州公民権局(Civil Rights Department:CRD)に提出することを義務付けています(https://calcivilrights.ca.gov/paydatareporting/)。現行法では、雇用主は、同じまたは実質的に類似した給与データ情報を含むEEO-1 をCRDに提出することにより、このカリフォルニア州の報告要件を満たすことができました。SB1162は、この給与データ報告書の要件とCRDへの情報提供のタイミングなどを一部変更します。

SB1162は、給与データ報告書の内容を拡大し、また従業員が100人以上の民間雇用主に対し、EEO-1の提出の有無に関わらず給与データ報告書の提出を求めることとし、データ報告のタイムラインを変更しました。

さらに、人材派遣会社から労働者を受け入れている雇用主の場合、その派遣従業員も報告の対象となりますので注意が必要です。本法では、人材派遣会社を「契約の有無に関わらず、雇用主の通常の業務範囲内で労働者を雇用主に供給する個人または団体」と定義しています。前年度中に人材派遣会社を通じて雇用された従業員が100人以上いる場合、その雇用主は、人材派遣会社から受け入れた従業員について別途報告書を提出しなければなりません。報告書では人材派遣会社を特定する必要があります。このとき、人材派遣会社にも同時に、レポートを作成する雇用主に対して給与データを提供する義務が生じます。

以下、給与データ報告書に関するSB1162の法改正についてまとめました。

現行法 SB1162
給与データ報告書の提出期限 毎年3月31日までに提出することになっていました 2023年5月以降、毎年5月の第2水曜日に変更されます ※1
データ報告の対象 雇用主は給与データ報告書の代わりに EEO-1 を提出することが認められていました EEO-1の提出状況に関わらず給与データ報告が義務付けられます
給与データ報告の範囲 各職種における人種、民族、性別ごとの従業員数を記載することになっていました 各職種における人種、民族、性別ごとの時間給の中央値と平均値を含める必要があります
複数事業所 複数の事業所を持つ雇用主は統合報告書を提出することも可能でした 複数の事業所を持つ雇用主は、各事業所をカバーする報告書を提出する必要があります

※1 SB1162は、2022年12月31日までの現行法に基づく2021年及び2022年の雇用主の報告書提出義務には影響を与えません。

具体的には、2023年以降、給与データ報告書に以下の内容を含める必要があります。

①以下の各職種における人種、民族、性別ごとの従業員数
  a.役員、上級職、管理職
  b.第一レベルまたは中間レベルの職員および管理職
  c.専門職
  d.技術者
  e.営業職
  f.事務補助員
  g.職人
  h.オペレーター
  i.労働者・ヘルパー
  j.サービスワーカー
②上記の各職種において、従業員のW-2(日本でいう源泉徴収票にあたるもの)所得に基づく米国労働統計局の職業別雇用統計調査によって定義された給与帯のそれぞれに年間所得が該当する従業員数を人種、民族、性別ごとに記載
③上記の各職種において、人種、民族、性別の組み合わせごとに、従業員のW-2所得に基づく時間給の中央値と平均値
④報告年度中に各給与帯でカウントされた各従業員の総労働時間数

複数の事業所を持つ雇用主は、各事業所ごとに報告書を提出する必要があります。

 

SB1162の要件に違反した場合の罰則

前項のうち、給与体系の開示及び従業員記録の保存に関して違反があった場合、その被害を受けた者(求職者や従業員など)は違反を知った日から1年以内に、労働委員会(California Division of Labor Standards Enforcement (DLSE)、California Labor Commissioner’s Office)に書面にてクレームを申し立てることができます。労働委員会による調査の結果、雇用主が違反したと認められた場合、労働委員会は、雇用者に対し、1回の違反につき100ドル以上1万ドル以下の民事罰の支払を命ずることができます。

労働委員会は、雇用主が過去に本条に違反したか否かなどの状況に基づき、罰金の額を決定することになります。

ただし、給与体系の開示について、初回の違反については、雇用主が、募集職種の求人票をすべて更新し、本法で定められた給与体系を含むことを証明すれば、罰金は課されません。

また、給与データ報告書をCRDに提出しなかった場合、最初の違反で従業員一人当たり最高100ドル、その後の違反で従業員一人当たり最高200ドルの民事罰を要求される可能性があります。以前は、違反是正のためのコスト回収のみであったことに比較すると、違反に対するリスクが大幅に引き上げられたといえます。ここで回収された罰金は、公民権執行訴訟基金に預けることになります。

 

海外進出・海外展開への影響

2023年1月より施行されるSB1162の給与データ報告・データ保持、開示義務に備えるため、対象となる雇用主は、新しい要件に自社の方針と手順が適合しているか確認しましょう。また、既存や新規の求人広告についても、開示要件を満たすよう更新しなければなりません。

さらに、SB1162では、給与データ収集の義務が派遣従業員にも拡大されています。対象となる雇用主は、これらの労働者に対する新たな報告義務を遵守できるよう環境を整備しておく必要があります。具体的には、人材派遣会社などとの契約を見直し、雇用主が給与データ報告のために人材派遣会社から給与データ情報を受け取る契約上の権利を有しているかどうかを確認しておく必要があるでしょう。また、専門雇用主組織(顧客企業の従業員に対して、給与や諸手当の支払いその他人事上の責任を担う)や給与計算会社との契約についても見直すことが大切となります。そのような人事・経理サービス提供者との契約が終了した後であっても、法令で要求される期間、必要データへのアクセスを確保する必要があります。

SB1162は、雇用主の義務を強化し、複雑な要件と陥りやすい落とし穴を追加しています。カリフォルニア州でビジネスを行う全ての企業は、現在の記録と給与情報について弁護士に相談し、潜在的な矛盾を検討・是正する必要があるでしょう。また、カリフォルニア州に限らず、コロラド州、ニューヨーク市、ワシントン州などにおいても、給与体系の開示を義務付ける法律が成立しています。この動きは今後拡大する可能性も高いため、海外進出、海外展開する企業は、現地の法律の動きを注視する必要があります。

ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。

※本稿の内容は、2022年10月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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