目次
アメリカの労働法の基礎知識
公正労働基準法(FLSA)とは
1938年に制定された公正労働基準法(Fair Labor Standards Act:FLSA)は、米国における重要な労働法です。この法律は、労働者を搾取や不当労働行為から保護し、連邦最低賃金と時間外手当を規定しています。また、児童労働の禁止もFLSA下で定めています。
米国では州の権限が強く、州法で様々な規定が定められています。そのため、FLSAでの規定事項は最小限となっており、大きく以下5つの項目となっています。
①最低賃金
連邦最低賃金は2009年7月24日より時給$7.25となりました。なお、多くの州が最低賃金法を定めており、従業員が州および連邦最低賃金法の両方の対象となる場合、従業員はより高い最低賃金を受ける権利を有します。
② 時間外労働
時間外労働の対象となるNon-Exempt(注1)の従業員は、1週間に40時間を超えて働いた時間に対して、通常の給与の1.5倍以上で残業手当を受け取る必要があります。16歳以上の従業員が1週間に働ける時間数には制限がありません。また、FLSAでは、週末、休日、定休日の労働に対して、そのとき1週間40時間の労働時間を超えていなければ別途残業代を支払う必要はありません。
(注1)アメリカの従業員の雇用形態は、FLSAで規定されている残業代の支払い義務を免除されているものを“Exempt”、免除されていないものを“Non-Exempt”と分類することができます。
③労働時間
従業員が職場にいること、職務につくこと、あるいは所定の作業場にいることを要求される時間は全て労働時間として計上されます。
④記録の保持
雇用主は、FLSAの要件を概説する公式ポスターを各事業所の見やすい場所に掲示しなければなりません。
また、雇用主は従業員の時間および給与について、重要事項として定められた12項目を記録し保管する必要があります。
⑤児童労働
FLSAでは14歳未満の雇用を禁止するなど、未成年者の教育機会を保護し、健康または幸福に有害な仕事と条件での雇用を禁止するための規定を定めています。
労働時間の管理方法
法定の定義によると、「働くことを指示される、または許可される」時間は、雇用主が費用を負担しなければならない労働時間となります。例えば、従業員がミスを修正するために予定勤務時間よりも長く自発的に仕事を続けることがあります。この場合も、重要なのは理由ではなく、仕事をしていたという事実であり、従業員の自主性に関わらず、その時間は労働時間として計上対象となります。
ここでは、労働時間となるかどうか間違えやすい項目をそれぞれ説明していきます。
①待機時間
待機時間が労働時間であるかどうかは、個々の状況によって異なります。一般的に、従業員が待機することに従事していた(これは労働時間となります)場合と、従業員が仕事に従事するために待機していた(これは労働時間ではありません)場合かで判断します。
例えば、秘書がボスを待っている間に本を読んだり、消防士が通報の待機中にボードゲームで遊んだりしている場合、そのような非活動時間中も労働していることになります。これらの従業員は、「待機に従事」していることになるためです。
②オンコール時間
社内で待機している必要のある従業員は、「オンコール」だとしても労働時間となります。一方、自宅で待機するよう求められる従業員、または連絡可能な場所で待機することが許可されている従業員は、「オンコール」待機中は勤務していることになりません。
③休憩時間および食事時間。
通常20分以内の短時間の休憩時間は、産業界では一般的であり(従業員の効率を高める)、労働時間として計上されなければなりません。
ただし、許可された休憩時間を無断で延長した場合、雇用主が従業員に対して、許可された休憩時間は特定の時間しか取れないこと、休憩時間の延長は雇用規則に反すること、休憩時間の延長は罰せられることを明示的かつ明確に伝えている場合は、労働時間に含める必要はありません。
通例として30分以上におよぶ真の休憩時間は、従業員は、通常の食事をする目的で完全に勤務から解放されます。この場合には、一般的に労働時間として補償される必要はありません。ただし、食事中に並行して、何らかの職務を行う必要がある場合、その時間は労働時間とみなされます。
④移動時間
移動に費やされた時間が労働時間として計上できるかどうかは、移動の種類によって異なります。
- 自宅から職場への移動
通常の勤務日に自宅から職場へ移動し、勤務終わりに職場から自宅に戻る時間は、労働時間ではありません。 - 通常勤務とは異なる都市での職務のために自宅から職場への移動
ある都市の固定された場所で常時勤務している従業員が、他の都市で仕事をし、同日中に自宅へ帰宅する場合を考えます。他都市へ行き、他都市から戻る時間は労働時間に計上されます。ただし、雇用主は、従業員が通常勤務地までの通勤に費やすであろう時間を差し引くことができます。 - 仕事時間中に移動する場合
例えば勤務中に現場から現場への移動に費やした時間は、労働時間として計上されなければなりません。
典型的な問題として、昼食を取りながらデスクに残り、定期的に電話応対をしている従業員の扱いがあります。この場合、当該従業員は電話対応の業務から解放されていないため、この時間を労働時間としてカウントし、賃金を支払わなければなりません。
日本の労働管理との違い
「Exempt」による最低賃金・残業代の免除
最低賃金や残業代について定めているFLSAですが、すべての従業員が対象となるわけではありません。一部の厳密に定義された従業員は、FLSAの下で最低賃金と残業代の支払いから除外(Exempt)されています。雇用者と人事部門は、どの従業員が適用除外であり、どれが適用対象であるのか正確に決定することを課せられています。
最低賃金や残業代の対象にならないExempt従業員は、一般的に 「ホワイトカラー 」と呼ばれる従業員です。Exempt従業員と判断されるには、給与水準や職務内容に関してFLSAが指定する要件を満たす必要があります。
FLSAのExempt規定に該当する従業員は、幹部、管理職、専門職、コンピュータ関連職、および外回りの営業職の5つの主なカテゴリに分類されます。これらのカテゴリごとに、Exemptの資格を得るために満たすべき項目が定められています。
①幹部
- 給与ベースで週684ドル以上の収入がある
- 企業の管理、または企業の部門や小部門の管理を主な職務とする
- 少なくとも2名のフルタイム従業員またはそれに相当する従業員の仕事を監督または指示している
- 従業員を雇用または解雇する権限を有すること。あるいは、他の従業員の昇進、雇用、解雇に関して、その従業員の意見、提案、提言が評価され、会社で一定の重みを持つこと
②管理職
- 給与または報酬ベースで週684ドル以上の収入がある
- 雇用主または顧客の経営または一般的な業務における事務および非肉体労働を主な職務とする
- 主要な職務を遂行する際に、重要な事柄であっても裁量と判断を行使する
③専門職
専門職のExemptカテゴリーには、学術専門家と創造的専門家の二つのサブカテゴリーがあります。
学術専門家
- 給与または報酬ベースで週684ドル以上の収入がある
- 知的作業や従業員が裁量と判断を行使する作業など、高度な知識を必要とする作業を主な職務とする
- 上記の高度な知識は、科学や学問の分野である
- その高度な知識は、より長期間にわたる専門的な教育によって習得されたものである
創造的専門家
- 給与または報酬ベースで週684ドル以上の収入がある
- 芸術的または創造的と広く認識されている分野において、想像力、発明、独創性、または才能を必要とする仕事を主な職務とする
④コンピュータ関連職
- 給与や手数料ベースで週684ドル以上の収入がある、または従業員が時間給で補償されている場合は時間給が27.63ドル以上であること
- コンピュータシステムアナリスト、コンピュータプログラマー、ソフトウェアエンジニア、またはそれに類する職種に分類され、以下のような主な職務を担っていること
- システム分析の手順の適用 – ハードウェア、ソフトウェア、またはシステムの機能仕様の策定についてユーザーと協議する
- コンピュータプログラムまたはシステムおよびそのプロトタイプの設計、開発、分析、作成、文書化、修正、または試験
- 機械オペレーティングシステムに関連するソフトウェアの設計・作成・文書化・試験又は修正
- 上記の職務のうち、同程度のスキルを必要とする職務の組み合わせであること
⑤外回りの営業職
- 販売、またはクライアントまたは顧客が支払っているサービスや施設の使用に関する受注を主な職務とする
- 慣例的に、定期的に雇用主の事業所から離れた場所で職務を遂行している
「自由意思(At-will)」雇用の解消
自由意思(At-will)に基づく雇用とは、雇用主が従業員を解雇する際に、その理由を問わず(違法でない限り)、警告をせず、正当な理由を開示することなく、解雇できることを意味します。また、従業員は予告や説明なしに仕事を辞めることができます。自由意志に基づく雇用は、企業にとって柔軟性が増すなどのメリットがありますが、突然の人材不足などのデメリットもあります。
日本には「自由意思に基づく」雇用はありません。日本の法律では、正規雇用の終了は、客観的に検討され、合理的と認められ、社会通念上相当であるとされており、日本の判例に照らして厳格に判断されます。
一方、米国のほぼすべての州は、自由意思に基づく雇用を認めています。モンタナ州は例外で、雇用主は最初の試用期間中にのみ、理由なく従業員を解雇することができます。
ただし、米国においてもいくつかの州では、自由意志による雇用の例外、つまり自由意志が適用されない状況を認めています。自由意思に基づく雇用の一般的な例外は、以下の通りです。
①組合員に対する雇用主の報復
ストライキなどの組合活動を理由に従業員を解雇する場合、自由意思に基づく雇用は適用されません。
②契約ベースの雇用
契約労働者は、雇用主との正式な契約により、自由意志による雇用から除外される場合があります。
③公的政策によって保護されている従業員の行動
ほとんどの州では、雇用主は、公益政策によって保護されている行動、例えば、内部告発を理由に、自由意志による雇用を終了させることはできません。
④従業員に対する雇用主の暗黙の了解
例えば、これは解雇が正当な理由のためにのみ発生することが従業員ハンドブックに記載されている場合など、特定の条件を満たした場合に適用されるものです。
⑤雇用主の誠実さへの違反
雇用主は、「暗黙の誠実契約」と呼ばれるものに沿って、従業員に対して一定の義務(例えば、稼いだコミッションやボーナスを支払うなど)を負っています。雇用主が義務の履行を避けるために従業員を解雇した場合、誠実義務違反となり、自由意志による雇用が適用されません。
⑥差別
従業員が人種、性別、宗教、性的指向に基づく差別により解雇された場合も、自由意志に基づく雇用は適用されません。この例外は、米国のすべての州で適用されます。
⑦従業員が違法行為を拒否した場合
この例外は、米国のすべての州で適用されます。
海外展開・海外進出を検討される場合には専門家にご相談を
海外展開・海外進出への参入は、顧客基盤や収益を拡大する可能性がありますが、そのリスクと機会を正しく評価、理解することは簡単ではありません。特に、人事・労務関係の慣習は国や地域によって大きく異なるため、グローバルな事業展開を成功させるためには、国際的な規制についても考慮する必要があり複雑です。特に米国では、州によってそれぞれ固有の規制があるため、その土地の事情に精通した専門家からアドバイスを受ける必要があります。
今回紹介した労働時間管理について、米国では違反者に対しては大きな罰則が設けられています。具体的には、FLSAへの故意の違反は刑事訴追され、違反者は最高$10,000の罰金を科される可能性があります。2回目の有罪判決を受けた場合は、禁固刑となる場合があります。児童労働規定の違反者は、違反の対象となった各従業員に対して最高$10,000の民事金銭賠償の対象となります。最低賃金や残業代の規定に故意または繰り返し違反した雇用主は、各違反に対して最高$1,000の民事上の金銭的処罰を受けることになります。
意図せぬ法律違反、そしてそれに伴うリスクを避けるためにも、海外進出する企業は弁護士から適切なリーガルチェックを受けることが大切です。
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※本稿の内容は、2022年11月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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