コンプライアンス

海外進出・海外展開:米国企業が従業員解雇時に用意する「Severance pay(解雇手当)」とは?/米国大手テック企業の大量解雇時の解雇手当実例とともに紹介

by 弁護士 小野智博

はじめに

米国ではAt-will雇用(随意雇用)の様式をとっており、期間の定めのない雇用契約において雇用者・被雇用者のどちらからでも、いつでも、いかなる理由でも、理由がなくても自由に解約できるという原則があります。つまり、雇用は双方の自由意志に基づくものであり、被雇用者は理由の有無・内容に関わらず自由に企業を辞めることができます。同様に、雇用者も理由の有無・内容に関わらず従業員を解雇できます。

そのため、例えば業績不振による規模縮小、組織再編成や合併による人員削減やポジションクローズなど、会社都合で解雇するケースも多くあります。このような解雇はレイオフと呼び、Fired(従業員側に原因がある解雇)とは全く違うニュアンスで使われています。レイオフでは、ノウハウや優秀な人材の流出を防ぐための一時的な人員整理を目的とした解雇であることもあり、多くの米国企業はSeverance pay(解雇手当/退職金:雇用主が解雇する従業員に支給する報酬や手当)が実施されています。

退職金の形は企業により様々で、健康保険や再就職支援など、従業員が新しい職を確保するための拡張給付が含まれることもあります。退職金は、雇用主側から示されるものであり、従業員に就労と失業の間の緩衝材を提供することで、解雇手続きを円滑に進める目的があります。

なお、公正労働基準法(FLSA)では、退職金に関する規定はなく、退職金はあくまで雇用者と従業員(または従業員の代理人)の間の合意(別離契約)として発生します。ただし、従業員との間で交わした契約書に解雇時の退職金支給が規定されていたり、従業員ハンドブックで退職金の支給が約束されていたりする場合は、企業はそれらの約束に従う法的義務があります。また、会社が従業員に退職金を支給することを口頭で約束した場合にも、その約束を守らなければなりません。

 

退職金と失業給付の関係

雇用主が提供するパッケージは、通常、一括で支払われ、課税対象となります。一般的には、従業員の通常の給与に、以下のようなものが追加されます。

退職金は、2つの観点から失業補償に影響する可能性があります。

1つ目は、給与支払対象者であるかどうかです。

雇用主が従業員に退職金を一括で支払った場合、従業員は会社の給与支払対象者でなくなるため、すぐに失業保険を申請することができます。しかし、企業が数ヶ月に渡って退職金を発行するケースでは注意が必要です。この場合、従業員は、たとえ仕事には行かなくても、厳密にはまだ給与支払対象者となります。同様に、従業員が未使用の有給休暇を有しており、それを使用するため給与支払対象者になっている場合もあります。その期間は失業申請はできません。

2つ目は、退職金を受け取る際に交わす別離契約が関係してきます。退職金を支給する代わりに、従業員が自発的に退職したという声明・契約への署名を求める企業もあります。失業保険は非自発的に解雇された人のために用意されているため、このような契約があると、従業員は失業保険を請求することができません。

 

企業が退職金を支払う理由

前述の通り、米国労働省の下で、雇用主に退職金の支給を義務付ける法律はありません。それにも関わらず、多くの米国企業では退職金パッケージを用意しています。これはなぜでしょうか?

この背景として、企業が退職金を提供しない場合、従業員を動揺させ、世間的にネガティブなイメージを広めてしまう可能性への危惧があります。例えば、2018年、米国大手百貨店シアーズは時間給の従業員に対して、退職金を支給せずに解雇する計画を発表しました。破産で再建中の同社(2018年10月15日に米国連邦破産法11条の適用を申請)は、幹部たちに数百万ドルの年間ボーナスを支払う計画も発表しており、従業員や一般市民から大きな批判を浴びることになります。

現在では、企業が大量解雇を発表する際には、同時に退職金パッケージの充実度にも言及することが多く、企業のブランドイメージを守るための施策であるともいえます。

 

ハイテク企業は大量解雇とともに退職パッケージを公表

2022年11月に入って、米国のハイテク大手企業が大量解雇を発表しています。例えば、Meta、Twitter、Stripe、Lyftなどは大量解雇を発表しており、それと同時に解雇された従業員に対する退職金も公表しています。その内容を以下で紹介します。

Meta

Metaは2022年11月、11,000人以上の従業員を解雇すると発表しました(https://about.fb.com/news/2022/11/mark-zuckerberg-layoff-message-to-employees/)。同社が従業員の大規模な解雇を行ったのは、創設以来18年の歴史の中で、これが初めてのことになります。同社CEOのザッカーバーグ氏は、パンデミック時の市場の勢いが長く続くと誤って予測したと述べ、人員削減の責任を認める声明を出しました。

Twitter

イーロン・マスク氏はツイッターのプラットフォームを買収した後、全世界の従業員の約半分、およそ3700人を削減する発表を行いました
https://twitter.com/elonmusk/status/1588671155766194176)。

Lyft

ライドシェアの新興企業Lyftの共同創業者であるローガン・グリーン氏とジョン・ジマー氏は11月3日、財務上の懸念と世界的な景気後退に直面しているとして、683人の雇用を削減するとの発表を従業員向けに送付しました(https://techcrunch.com/2022/11/03/lyft-lays-off-13-of-workforce-as-it-tries-to-slash-operating-expenses/)。

Stripe

決済プラットフォームのStripeは11月3日、景気の悪さを事由に、大量のレイオフを発表しました(https://stripe.com/en-gb-sg/newsroom/news/ceo-patrick-collisons-email-to-stripe-employees)。

 

レイオフ実施時に雇用主が注意すべきポイント

ここでは、レイオフのプロセスで企業側が確認すべき基本的なコンプライアンスを概説します。

まずは、人員削減が必要となった際、企業側は将来の計画を考え、誰を解雇するか決める必要があります。その際に重要となるのが、選考基準です。基準には、年功、業績、職階、あるいは職務上の知識や技能などを用いることができます。

ただし、以下のようなものは解雇理由として禁止されており、不当解雇の対象となるため注意が必要です。

連邦労働者調整・再研修予告法(WARN法)は、レイオフを行う大企業の雇用主に対して、影響を受ける従業員に対して60日前に通知することを義務付けています。雇用主は、レイオフが永久的か一時的か、また一時的な場合は予想される期間を従業員に通知する必要があります。従業員には、離職予定日およびバンプ権(年功序列制度において、自分より下の代替ポジションを受け入れることで、自分より年下の従業員がレイオフされることになるもの)の有無を通知しなければなりません。

また、多くの州で、レイオフを行う中小企業にも通知義務を拡大する「ミニWARN」法が制定されています。ミニWARN法は、連邦法とは異なる追加要件を課すことが多いため、州法についても確認することが重要です。

対象者が決まったあとは、解雇される従業員に提供する退職金の内容について決めます。対象となる従業員には、敬意とともに個別に通知します。雇用主としては、面談に向けて、すべての情報を収集し、従業員につつがなく説明する準備を整えておく必要があります。

面談では、雇用主は、解雇の理由を説明し、健康保険やCOBRA(※)の手続き、401(k)の選択肢、再就職支援サービス、再雇用制度がある場合は、その手続きについて情報提供します。従業員の質問には丁寧に対応しましょう。十分な説明の後に、退職合意書を交わすことで、従業員から怒りや恨みを軽減し、訴訟を回避できる可能性が高まります。
※COBRAとは解雇及び退職した従業員の保険プラン継続を保護する法律のひとつです。勤務先から提供される団体保険に加入していた人が、その会社を辞めた場合、個人で保険料を支払い続ければ、加入していた団体保険を一定期間継続できる権利がこの法律によって保証されています。

レイオフを実施したあとは、会社に残る従業員にも声明を出すことをおすすめします。雇用主は会社の財務状況を正しく伝えることで、無用な噂を減らすことができます。また、現在の従業員で今後会社の目標や目的を達成するためのコミットメントを伝える前向きな話をすれば、今後の士気と生産性を高く保つことにつながるでしょう。

 

海外展開・海外進出を検討される場合には専門家にご相談を

海外展開・海外進出の中で、成長過程には様々な困難が付きまといます。やむを得ず人員削減を実施することも考えられるでしょう。

現在、多くの米国企業は理由の有無にかかわらず解雇が可能な At-will雇用の形を取っています。しかしながら、不当・不法な理由で解雇することはできず、解雇に対して不満がある元従業員は「不当・不法な理由で解雇された」と主張する可能性が大いにあります。実際、従業員の解雇は、訴訟に発展する主要な要因となっており、雇用主は十分な注意を払う必要があります。

雇用主として、企業側は、実施しようとしている解雇が合法的な手順・理由であるものか確認するとともに、解雇時には別離契約を締結すると良いでしょう。別離契約は法律上義務付けられているものではありませんが、退職金などと引き換えに契約することで、解雇後の会社に対する訴訟放棄や、機密事項の漏えい禁止などを保証することにつながります。

ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。国際的な拡張計画に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。

※本稿の内容は、2022年11月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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