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はじめに
「競争」は、市場メカニズムを正しく機能させるために非常に重要です。企業は、より安くて優れた商品を提供して売上高を伸ばそうと創意工夫をこらし、消費者は、ニーズに合った商品を選択することができる。こうした「競争」によって、消費者の利益が確保されることになります。一部の独占的な大企業が競争を阻害することを防ぎ、公正かつ自由な競争を促進するため、日本ではいわゆる独占禁止法、米国では反トラスト法、EUでは競争法といった「競争法(経済法)」が定められています。(参考:公正取引委員会ウェブサイト https://www.jftc.go.jp/dk/dkgaiyo/gaiyo.html)
現在、主要各国では、競争法の改正や適用拡大によるビッグテック(Apple、Google、Metaなど)に対する規制強化が顕著になっており、賛否を巻き起こしています。ここではテック企業に対する競争法の改正・施行トレンドや競争法違反での訴訟の動きなどについて解説します。
テック企業に対する規制強化
2022年は、米欧において、テック企業に対する規制強化が目立った年でした。米国の最大手5社(Apple、Google、Meta/Facebook、Amazon、Microsoft)は、訴訟や調査に直面しました。例えば、Meta社によるVRフィットネス企業Within Unlimitedの買収やマイクロソフトによるActivision Blizzardの買収に対して、米国連邦取引委員会は異議を唱えています。また米国の連邦議会は、インターネット市場における市場支配力の弊害に対処するための一連の新しい法律を議論し、欧州連合は新しいDigital Markets Act(デジタル市場法)を成立させました。
海外進出・海外進出を検討している企業は新しい規制トレンドに合わせた事業戦略策定やガバナンス・コンプライアンスに取り組むことが求められます。
EUにおける法規制
EUでは、新しいDigital Markets Actを制定(2022年11月発効)し、本格的にこの問題に取り組んでいます。これは、ヨーロッパの企業と消費者の間の重要なゲートキーパー(門番)として指定された大規模なオンライン・プラットフォームによる不当なビジネス慣行を禁止する規則を定めています。この法律は、EUおよび各国の競争法規則と並行して適用され、
オープンで正当な競争が行われるデジタル社会を実現するための役割を期待されています。
Digital Markets Actにはゲートキーパーに対して相互運用性を求める要件が含まれています。相互運用性は消費者に力を与える重要なツールといえますが、一方で、この「相互運用性」について、EUでは、WhatsAppやiMessageなどのメッセージングアプリにまず焦点を当てる方針であり、こうしたアプリが安全なエンドツーエンドの暗号化を引き続き提供することができるかどうかについての懸念も生じています。
米国における法規制
米国では、新しい法律の提案が相次いでいますが、大きな進展は見られていません。
例えば、American Innovation and Competition Online Act、Open App Markets Act、ACCESS Actはいずれも、オンラインプラットフォームに対する新しい競争促進体制の重要な枠組みとなる可能性を秘めていますが、いずれもまだ制定には至っていません。Competition and Transparency in Digital Advertising Actは、年間200 億ドル以上の広告収益を上げている大規模なデジタル広告会社が、デジタル広告エコシステムの複数の部分を所有することを禁止することにより、競争を促進することを目的としていますが、この法案も議会で審議が難航しています。
また、Journalism Competition and Preservation Actは、インターネット時代のジャーナリズムに資金を提供する方法との期待もありますが、高度に統合された複合メディア企業やその協力者にさらなる市場力を与えるだけだという指摘もあります。
以下では、米国におけるこれら主な新法案についてもう少し詳しく紹介します(議会で審議はされたものの、まだ可決・施行には至っていません)。
American Innovation and Competition Online Act
American Innovation and Competition Online Actは、テック業界における競争とイノベーションを促進し、特定の大手テック企業の市場力と支配に関する懸念を解決することを目的としています。
この法案には、テック企業が潜在的な競合他社を買収する能力を制限すること、相互運用性とデータポータビリティを求めること、および一定の差別的な行為を禁止することなど、いくつかの規定が含まれています。
そして、新しいデジタルマーケットユニットを連邦取引委員会内に設立して、新しい規則と規制を執行することを定めています。また、独占禁止法執行機関への予算増額と、テック企業による過去の合併や買収の再検討を求めることも定められています。
Open App Markets Act
Open App Markets Actは、アプリ市場におけるより公平な競争環境を促進し、イノベーション、競争、および消費者福祉の向上を目指しています。
この法律により、アプリストアは、ストアの外からアプリをダウンロードして使用することができるようになり、また、サードパーティのアプリ開発者に不当な差別をすることを禁止します。さらに、アプリストアは、アプリ開発者に対して、取引処理の排他的手段としてアプリストアの支払いシステムの使用を要求することを禁止します。
ACCESS Act
ACCESS Act(Augmenting Compatibility and Competition by Enabling Service Switching)は、ユーザーがより自分のデータを制御し、データを失うことなく別のサービスに切り替えることができるようにすることを意図しています。また、新しい企業の参入障壁を低くし、優勢な企業が市場力を利用してユーザーを専有するのを防ぐことで、競争とイノベーションを促進することを目指しています。
テック企業が競合他社と相互運用性とデータポータビリティを維持することを義務付け、競争するサービス間の切り替えをユーザーが容易にできるようにすることを求めます。さらに、データポータビリティと相互運用性の標準を確立し、テック企業がユーザーに個人データへのアクセスを提供するよう義務付けます。
Competition and Transparency in Digital Advertising Act
Digital Advertising Actは、消費者プライバシーを保護し、デジタル広告産業における競争と透明性を促進することを目指しています。
消費者プライバシーを保護するため、企業が広告目的でどのようにデータを収集し、使用し、共有されるかに関する明確で簡潔な情報を消費者に提供することを求める、新しいデジタル広告産業行動規範を打ち立てます。
また、競争を促進し、デジタル広告産業における反競争的行動を防止するため、企業が競合他社とのデータポータビリティと相互運用性を維持すること、差別的な慣行を禁止すること、透明性と公正な競争を促進することを求めます。新しい規則と規制を執行するため、連邦取引委員会に追加の権限が与えられます。
Journalism Competition and Preservation Act
Journalism Competition and Preservation Actは、デジタル広告の台頭やオンラインプラットフォームの支配によって、ニュース産業の衰退に対処することを目的としています。
具体的には、ニュース出版社が、他のニュース出版社と「共同交渉団体」を形成し、価格設定、契約条件についてGoogleやFacebookなどのオンラインプラットフォームと交渉することを承認しています。そして、この共同交渉団体による特定の行動を、反トラスト法から免除するとしています (たとえば、プロバイダのコンテンツへのプラットフォームのアクセスをプロバイダが共同で拒否するなど)。
この法案の支持者たちは、これによって、質の高いジャーナリズムの制作を支援し、ニュースの多様で競争力のあるマーケットを確保することができると主張しています。
しかし、この法案がニュース検閲の増加や、オンラインプラットフォームがユーザーにニュースを提供する能力を制限する可能性があるとの懸念も生じています。
アメリカのテック企業が独禁法違反で訴えられたケース
近年、アメリカのテック企業が反トラスト違反で訴えられるケースが増えています。以下にいくつかの例を挙げます。
- Google: 2020年、米司法省と一部の州は、Googleを、検索市場や検索広告市場で反競争的な行為を行っているとして訴えました。2023年、米司法省は、Googleがデジタル広告市場で支配力を乱用し、反トラスト法に抵触しているとして提訴し、広告管理プラットフォームの売却を同社に命じるよう求めました。
- Facebook: 2020年に、連邦取引委員会と一部の州の検察官の連合は、FacebookがInstagramやWhatsAppなどの潜在的なライバル企業を買収することで反競争的な行為を行ったとしてFacebookを訴えました。2021年に、同社が違法な独占に関わったことが十分に示されていないとし、当訴訟は退けられていましたが、2022年に再提訴され、審議が継続しています。
- Apple: 2019年に、米最高裁判所は、iPhoneユーザーが、App Storeが独占であり、過剰な手数料を請求していると主張する訴訟(2011年に提訴)を進めることができると判断しました。2022年、Appleの決済サービス「アップルペイ」を巡り、米信用組合が反トラスト法違反でカリフォルニア州サンノゼの連邦地裁に提訴しました。
- Amazon: 2020年に、欧州委員会は、Amazonがプラットフォーム上で第三者セラーの非公開のデータを収集し、これによって価格設定やAmazonが販売する商品をより目立たせるなど、自社に有利になるようにしていたとして、Amazonに警告を送り、反トラスト調査を開始しました。2022年末、欧州委員会はAmazonが提示した約束を受け入れると発表し、Amazonは巨額の制裁金を免れることになりました。
海外展開・海外進出を検討される場合には専門家にご相談を
近年、米国ではテック企業の独占禁止法規制が強化される傾向があります。これは、一部の大手テック企業が市場支配的な地位を確立し、競合他社に対して不当な優位性を持っているとの懸念が高まったことによるものです。
現在、米国では独占禁止法に関連して新たな規制が審議されています。これらの法案や規制は、テック企業の市場支配的な地位を緩和し、競争を促進することを目的としていますが、将来的には、より多くの独占禁止法規制が導入される可能性があります。
独占禁止法規制に違反した場合、企業は罰金や補償金の支払い、または業務停止や強制的な事業売却などの措置を受ける可能性があります。海外進出・海外進出を検討している企業は、適用される現地の法令を遵守することで、自社のビジネス継続と成長を確保するようにしてください。
ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。国際的な拡張計画に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。
※本稿の内容は、2023年3月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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(代表弁護士 小野智博 東京弁護士会所属)
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