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海外進出・海外展開:米国では従業員に出社命令を出せるのか?その法的根拠を説明

by 弁護士 小野智博

リモートワークの普及と労働環境の変化

米国では、以前から、テクノロジーの進歩や交通渋滞、働き方の多様化などの要因により、リモートワークが増加していました。そして、新型コロナウイルスの影響でリモート勤務の普及がさらに加速することとなりました。

しかし、リモートワークにはいくつかの問題点もあります。一例として、社員同士のコミュニケーション不足や、労働環境の違いによる不均等な扱い、労働時間の管理の難しさなどが挙げられます。

実際、米国企業の一部では、オフィス勤務への回帰を促す動きが見られます。これらの企業は、従業員の生産性向上やチームワークの強化を目的として、リモートワークをやめてオフィス勤務を強制する方針を取り入れています。

しかし、従業員からの反発も大きく、企業としてはリモートワークやオフィス勤務に関する法的根拠を遵守し、適切な対応を行うことが求められます。

本記事では、米国において従業員の就業環境にどこまで雇用主が指示を出せるのかについて、法的根拠とともに解説します。

就業環境に関する米国の法的根拠

労働者と雇用主の権利と義務を規定する法律や規制は、労働環境の安全性や健康性を確保し、公正な労働条件を維持するために重要な役割を果たしています。米国の労働法には、公正労働基準法(FLSA)、全国労働関係法(NLRA)、労働安全衛生法(OSHA)、そして州独自の雇用法などがあり、これらの法律が労働者と雇用主の関係における基本的な枠組みを提供しています。

労働法における雇用主の権利と義務

米国では、公正労働基準法(Fair Labor Standards Act:FLSA)や州レベルの労働法において、雇用主は様々な権利と義務を負っています。これらの権利と義務は、従業員との関係を適切に管理し、労働環境を安全かつ公正に維持することを目的としています。

雇用主の権利

採用と解雇:
雇用主は、従業員を採用、昇進、解雇する権利があります。ただし、これらの決定は、差別的ではなく、法的な基準に従って行われなければなりません。

労働条件の設定:
雇用主は、賃金、労働時間、休暇、その他の労働条件を設定する権利があります。これらの条件は、連邦および州の法律や規制に準拠している必要があります。

就業規則の制定:
雇用主は、職場におけるルールや規則、行動規範などを設定し、従業員に遵守させる権利があります。

雇用主の義務

安全な労働環境の提供:
雇用主は、従業員に対して安全かつ健康的な労働環境を提供する義務があります。これには、労働安全衛生法(Occupational Safety and Health Administration:OSHA)などの法令に基づく安全基準の遵守が含まれます。

差別の禁止:
雇用主は、従業員を人種、性別、宗教、年齢、障害、性的指向などに基づいて差別することを禁止されています。これは、採用、昇進、解雇、賃金設定などのすべての労働条件に適用されます。

賃金の支払い:
雇用主は、連邦および州の最低賃金法に従って適切な賃金を支払う義務があります。また、労働時間に関する法律に従って、時間外労働や休日労働に対する賃金を適切に支払う必要があります。

労働者の権利の尊重:
雇用主は、労働者が組合活動やストライキなどに参加する権利を尊重する義務があります。これには、従業員が国家労働関係法(NLRA)に基づいて組合を結成し、団体交渉や労働紛争に対処する権利を行使することを認めることが含まれます。

また、雇用主は従業員の休暇や病気休暇、家族・医療休暇などの権利を尊重し、連邦および州の法律に従って適切な休暇を認める義務があります。これには、従業員が出産や育児、家族の病気のケア、自身の健康状態に関連して休暇を取得する権利が含まれます。

リモートワークに関する労働環境の法的規制

リモートワークに関する労働環境の法的規制についても、特別にリモートワークのみを対象とした法律はなく、主にFLSAやOSHA、各州の労働法に基づいています。以下に、リモートワークに関連する主要な法的規制をいくつか挙げます。

安全な労働環境の確保:
OSHAにより、雇用主は、リモートワーク環境でも従業員に安全かつ健康的な労働環境を提供する義務があります。これには、適切な設備や作業スペース、ストレスや過労の管理などが含まれます。米国労働省は、従業員の自宅オフィスの検査を行わない、従業員の自宅オフィスについて雇用主に責任を負わせないとしていますが、安全基準や健康基準の違反が存在するといった照会を受け取った場合には、自宅オフィスの検査を実施するとしています(OSHA指令番号 CPL 2-0.125)。

労働時間の管理:
FLSAにより、従業員の労働時間や時間外労働の管理が求められます。雇用主は、リモートワークにおいても適切な労働時間の記録と報告を行うシステムを整備する必要があります。

休憩時間と休暇:
各州の労働法によって定められた休憩時間や休暇の取得が、リモートワーク環境でも保証されるように注意が必要です。

情報セキュリティ対策:
リモートワークにおいては、情報セキュリティが重要な課題となります。従業員が自宅や外部の場所で働くことで、企業情報の漏洩リスクが高まるため、雇用主は適切なセキュリティ対策を講じる必要があります。

従業員に出社を命令したい場合の対応方法

前述のように、雇用主は、リモートワーク環境においても労働時間の管理や安全な労働環境の提供、情報セキュリティ対策の実施などの義務があります。一方で、業務上の必要性がある場合や適切な手続きを踏んだ場合には、出社命令を出すこともできます。

出社を命じるのが妥当なケース

例えば、以下のような状況の場合には、雇用主は従業員に出社を命令することができるでしょう。

業務上の必要性:
特定の業務がオフィスでの対面や専用の設備を必要とする場合、雇用主はリモートワークを拒否することができます。対応方法として、従業員に出社の理由と必要性を説明し、適切な通知期間を設けて出社を求めることが望ましいです。

従業員のパフォーマンス低下:
リモートワーク環境での従業員の業務遂行能力が低下している場合、雇用主はオフィス勤務への回帰を検討できます。対応方法として、従業員とのコミュニケーションを通じて問題点を明らかにし、パフォーマンス向上のためのサポートやトレーニングを提供することが効果的です。

コミュニケーション不足:
リモートワークによりチーム間のコミュニケーションが悪化した場合、雇用主は一部または全員の出社を求めることができます。定期的なオフィス勤務日を設けることも良いでしょう。

情報セキュリティリスク:
業務上取り扱う情報が機密性が高く、リモートワークが情報セキュリティリスクを増大させる場合、雇用主はリモートワークを制限または拒否することができます。

出社を命じる際のポイント

従業員側がリモートワークを希望しているにも関わらず、出社を命じる場合は、雇用主は従業員の権利や労働環境に十分配慮し、法的規制を遵守した対応が必要です。また、従業員とのオープンなコミュニケーションを通じて、問題の解決や理解を深めることも重要となります。

リモートワークを拒否する理由や決定について透明性を持ち、従業員の意見や懸念を受け入れる姿勢を示すことで、納得感を得られる状況を作り出すことができます。

さらに、リモートワークとオフィス勤務のバランスを模索し、ハイブリッド勤務などの柔軟な働き方を提案することも一つの解決策となります。ハイブリッド勤務では、一部の日程をオフィスで過ごすことで、コミュニケーションやコラボレーションの向上を図りつつ、リモートワークの利点も活かすことが可能です。

従業員は出社命令を拒否できるのか?

労働者が雇用主の出社命令に法的に反対する権限は実際にはほとんどありません。

雇用主は独自の労働方針を設定する権利を持ち、それには従業員がいつ、どこで働くかも含まれています。雇用主が労働安全衛生行政の定める安全基準や規則に従っている限り、労働者は法的に反対する手段がほとんどないということになります。

しかしながら、労働者は数の力を持っており、法的保護と集団的な圧力によって、雇用主に出社拒否を訴えることは考えられます。労働組合によるストライキも非組合員によるストライキも、NLRAによって保護された協同行動です。

NLRAは、労働者の組合加入や労働組合活動への参加、同僚との共同行動を保護し、組合加入や活動を理由とした解雇その他の差別行為を行うことを禁止しています。また、雇用主と労働組合との間で協定が成立すれば、その協定が双方の権利と義務を規定します。

つまり、従業員が出社命令を拒否する権限は限定的ですが、法的保護や集団的な圧力を通じて、ある程度の影響力を持つことができます。

リモートワークと出社命令に関する今後の課題と展望

海外進出を検討している日本企業にとって、従業員にどのような就業環境を提供するのかという問題は重要な考慮事項となります。第一に、労働法や規制の遵守が必要であり、それぞれの国や地域で異なる法的要件に注意を払うことが重要です。例えば、米国では労働者の権利や安全基準を守るために、労働条件や職場環境に対する厳格な法的要件が定められています。

その中で、従業員のニーズや要望に応えるために、柔軟で多様な働き方を導入することも検討すると良いでしょう。リモートワークとオフィス勤務のバランスを見つけることで、従業員の満足度と生産性が向上する可能性があります。

リモートワークの実施にあたっては、リモートワークにおけるコミュニケーションの問題や労働時間管理、情報セキュリティのリスクに対し適切に対処することが不可欠です。さらに、企業側はリモートワークの継続に対する従業員の意見や懸念を評価し、適切な対策を講じることが求められます。従業員のメンタルヘルスやワーク・ライフ・バランスに配慮し、働きやすい環境を提供することも重要です。

技術の進歩に伴い、働き方やコミュニケーション手段が今後も変化し続けることが予想されます。企業はこれらの技術革新を活用し、リモートワークとオフィス勤務の最適な組み合わせを見つけることが求められるでしょう。

ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。国際的な拡張計画に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。

※本稿の内容は、2023年4月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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