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海外進出・海外展開:海外進出を検討する際に知っておきたい「ジョブ型人事制度」の概要と法律上のポイント

by 弁護士 小野智博

はじめに

近年、グローバル化の進展に伴い、海外進出を目指す企業が増えています。しかし、海外でのビジネス展開には、現地の文化や雇用体系、人材採用方法の違いなど、様々な課題があります。特に、人事制度や採用方法に関する違いは大きな問題となることがあります。まず、人事制度として、日本ではメンバーシップ型が一般的ですが、欧米諸国等ではジョブ型が一般的であることが、大きなポイントのひとつです。

本記事では、ジョブ型人事制度とメンバーシップ型人事制度の違いと、海外進出における注意点について解説します。

ジョブ型採用とメンバーシップ型採用の違いとは?

メンバーシップ型採用とは

日本では、大企業を中心に「メンバーシップ型人事制度」が採用されています。もともと、メンバーシップ型人事制度は、高度成長期において人手不足を解消するための重要な手段として導入されました。

高度成長期においては、急速な経済発展に伴い、産業部門やサービス業の発展が進み、労働力が不足するようになりました。このような状況下で、企業は採用基準を見直し、業務内容や勤務地などを限定せずに雇用契約を結ぶメンバーシップ型採用を導入しました。この採用方法により、企業は広範な人材を確保することができ、労働力不足を解消することができました。

メンバーシップ型人事制度では、長期的な人材育成が重視され、社員は、異動やジョブローテーションを繰り返しながら、多様なスキルや、さらには企業独自の「風土」を身につけていくことが期待されます。そのためメンバーシップ型採用では、採用基準に人柄や人間関係の構築能力、コミュニケーション能力など、人と人との関係性を重視して選考を行うことがよくあります。つまり、候補者がどのような人間性を持っているかが採用の決定に大きく影響します。

このように、メンバーシップ型人事制度は、ジェネラリストとして、バランスの取れた幹部候補を育成していくことが重視されている一方で、専門性のあるスペシャリスト人材の育成が難しいという側面もあります。

ジョブ型採用とは

ジョブ型採用とは、人材採用の際に、候補者のスキルや経験、業務遂行能力など、仕事の内容に基づいて選考を行う方法です。つまり、候補者がどのような人柄であるかよりも、その人が仕事をどの程度遂行できるかが重視されます。

ジョブ型採用では、仕事に必要なスキルや経験が備わっている人材を採用することが目的となります。そのため、採用基準は明確で、採用試験や面接においても、能力や業務遂行に必要な質問が行われます。

欧米など海外企業では、ジョブ型採用が一般的であり、能力や業務遂行能力を重視するため、採用基準が日本企業と異なる場合が多くあります。

海外進出においてメンバーシップ型人事制度を採用することの注意点

現地の法令に違反しないことが大前提ですが、法令に違反していなくとも、下記の問題が生じるリスクがありますので注意が必要です。

メンバーシップ型採用の採用基準について

ジョブ型が主流である現地への進出において、メンバーシップ型採用を導入する場合、注意すべき点の一つは、通常日本において自社が重視していた採用基準と、現地において通常考え得る採用基準との違いです。例えば、アメリカでは、人材の多様性が重視されるため、候補者の人種や性別、年齢などの多様性を重視する傾向があります。また、当然専門性やスキルを重視する場合が多いです。採用する地域の文化や風習にも理解を深めたうえで、求める人材像に沿った採用基準を設定することが必要です。また、海外の現地採用者や現地パートナーを活用し、採用に必要な情報を入手することも効果的です。

メンバーシップ型採用におけるコミュニケーションについて

海外進出において、メンバーシップ型採用を導入する場合、言語や文化の違いによって、コミュニケーションの問題が発生する可能性があります。ジョブ型採用で、特定の専門的業務を行う場合よりも、この問題は大きいといえるでしょう。このような問題を回避するためには、日本人スタッフにおいては異文化コミュニケーションのトレーニングや、英語や現地語のスキルアップを促進することが必要です。また、日本企業の文化やルールを海外に持ち込むのではなく、現地の文化やルールに合わせたコミュニケーションを行うことも重要です。

メンバーシップ型人事制度における評価や報酬について

海外進出において、メンバーシップ型人事制度を導入する場合、評価や報酬の違いによる問題が発生する可能性があります。例えば、日本企業では年功序列や終身雇用制度が一般的ですが、海外では実力主義や能力主義が重視される場合が多いといえます。

このような状況下で、日本と同じようなメンバーシップ型人事制度を単純に導入した場合、社員の評価や報酬が不公平となり、海外の社員との間に不和が生じる可能性があります。また、評価基準の違いによって、社員が業務遂行においてモチベーションを失うこともあります。

そのため、海外進出にあたっては、評価や報酬の違いを理解し、適切な評価基準や報酬制度を導入することが必要です。また、現地の文化や法律に合わせた報酬や福利厚生制度を設定することも重要です。さらに、国際的な人事評価制度を導入することで、社員間の評価や報酬の公平性を確保することができます。

海外進出におけるジョブ型採用のメリットと注意点

元々ジョブ型採用が主流である現地においては、ジョブ型採用は当然現地の人材にとって受け入れられやすく、高いスキルや豊富な業務経験を持つ、企業の求める人材がより集まりやすい、ということが第一のメリットといえるでしょう。そのうえで、下記のようなメリットも考えられます。

グローバル人材の獲得

ジョブ型採用は、海外進出におけるグローバル人材の獲得に適した方法です。求めるスキルや業務経験に基づいて採用するため、専門性の高い人材を獲得することができます。例えば、グローバル市場でのビジネス展開に必要な言語スキルや文化的な理解を持つことを採用基準に求人、採用すれば、企業のグローバル展開に欠かせない人材を確保する近道となるでしょう。

クロスカルチャーの理解

海外進出において、クロスカルチャーの理解が重要です。ジョブ型採用は、採用する人材が異なる文化や価値観を持っている場合が多いといえるため、企業側もその理解を深める必要があります。異なる文化や価値観を理解し、それを活かすことで、グローバル市場での競争力を高めることができます。

コミュニケーションの改善

ジョブ型採用を導入することで、企業はグローバル人材を採用することができますが、言語や文化の違いによってコミュニケーションの問題が発生することがあります。このため、企業はグローバル人材とのコミュニケーションの改善に力を入れる必要があります。異文化コミュニケーションのトレーニングや、英語や現地語のスキルアップを促進することで、円滑なコミュニケーションを実現することができます。

米国でジョブ型採用を実施する場合の法律上のポイント

メンバーシップ型採用に慣れ親しんだ日本企業が海外においてジョブ型採用を実施する場合、主に下記に挙げる法的事項に注意が必要です。ここでは米国における法律上のポイントについて述べていきます。

職務内容の明確化および人事評価システム

米国でジョブ型採用を実施する際には、職務内容の明確化が重要です。特に、求人広告や採用プロセスにおいて、求めるスキルや経験を明確に示すことが求められます。また、採用後には、明確な職務内容や業務範囲を定め、労働法に準拠した雇用契約書を作成することが必要です。

また、米国の企業では、実力主義や成果主義が重視され、能力や成果に基づいて昇進や報酬が与えられます。そのため、採用時には、求めるスキルや業務経験に加えて、個人の能力や成果を評価する方法を導入することが求められます。また、適切な評価基準を設定し、人事評価システムを公平かつ透明性のあるものにすることが大切です。

米国において職務内容の明確化および人事評価システムに関連する法律には以下のものがあります。

参考リンク:

同一の仕事内容に対しては同一の賃金を支払うこと

米国では、同一の仕事内容に対しては同一の賃金を支払うことが求められます。つまり、性別や人種に関係なく、同じ仕事をする人には同じ賃金を支払わなければなりません。これは、前述のとおり「差別を禁止する」といった趣旨で労働法によって保護された法的な権利です。ジョブ型採用を実施する場合、同一の仕事内容を持つ従業員がいる場合は、同一の賃金を支払うようにすることが大切です。これにより、法的な問題を回避し、従業員のモチベーションを維持することができます。

なお、男女間の賃金差別を禁止する法律として、50年以上前からEqual Pay Act of 1963 (EPA)が施行されていますが、法の抜け穴も多く、現在連邦議会や各州において「同一労働同一賃金」に関する法律が検討、施行される流れとなっています。企業としては、訴訟などトラブルを回避するため、最新の法制度を確認し、必要に応じて随時人事・採用制度をアップデートしていくことが重要です。

参考リンク:

海外進出における労務管理は専門家への相談をご検討ください

海外進出において人材採用を行う際には、ジョブ型採用とメンバーシップ型採用の違いやリスクについて十分な理解が必要です。

ジョブ型採用は、業務内容や役割に応じて選考・採用を行い、その後はそれぞれの能力や経験に応じたキャリアパスを用意します。一方、メンバーシップ型採用は、一定の期間の集団育成を行い、一人ひとりが経験を積み、多角的な知識と経験を身につけることが特徴です。

ジョブ型が主流の欧米等においては、メンバーシップ型採用が現実的でなかったり、うまく機能しないことがあります。なじみの薄いジョブ型を取り入れる必要が生じる可能性もあるでしょう。

また、ジョブ型・メンバーシップ型問わず、海外での人材採用には、文化の違いや言語の壁、法律制度の違いなど、様々な問題が伴います。特に、労務管理については、日本の制度と大きく異なる場合があるため、注意が必要です。

そこで、海外進出に際しては、現地の人事制度・労務管理に精通した専門家に相談し、適切な人材採用を行うことが必要です。専門家の知見を得ることで、現地の労働法や労働環境についての情報収集ができ、問題が生じた場合にも迅速に対応できます。

総じて、海外進出においては、人材採用における留意点が多岐にわたるため、専門家のサポートが欠かせません。外国人の労務管理に精通した専門家との十分なコミュニケーションを図り、適切な人材採用と労働環境整備を行うことが、海外進出の成功につながります。

ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。国際的な拡張計画に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。

※本稿の内容は、2023年4月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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