目次
はじめに
「ステルスマーケティング」とは、消費者に直接的な広告やプロモーションであると認識させず、巧妙に商品やサービスを紹介する手法を指します。伝統的な広告に対する消費者の飽和感や抵抗感が増加する中、企業はより自然な形でのブランドの訴求を模索しています。特にSNSやインフルエンサーを活用した方法は、フォロワーとの信頼関係を背景に、効果的に商品やサービスの価値を伝えることが可能と考えられています。
グローバルな視野でビジネスを展開する中で、多くの企業が新たな市場開拓に向け、人気のインフルエンサーなどを活用して現地の消費者に働きかける手法に目を向けています。しかし、異なる文化や価値観、そして法規制があるため、ステルスマーケティングの展開に対して、企業は慎重になる必要があるといえるでしょう。
たとえば、日本では許容されているステルスマーケティングの手法が、海外の法規制や文化的背景に照らし合わせると、不適切とみなされるリスクがあります。このような背景から、海外進出や越境ECを検討する際には、ステルスマーケティングの活用とそのリスクを十分に理解し、適切な戦略を立てることが求められます。
この記事では、日米のステルスマーケティングに対する法規制を比較しながら、企業がグローバルな市場で安全かつ効果的にプロモーション活動を展開するためのポイントを解説します。
ステルスマーケティングとは
ステルスマーケティングとは、文字通り「ステルス」、つまり「隠密」の意味を持つ言葉が示すように、消費者が広告やプロモーションであると明確に認識しづらい形で行われるマーケティング手法を指します。主な特徴としては、商品やサービスの宣伝がストーリーテリング(物語を語って伝えること)やエンターテインメントとして提供されることが多いため、受け手となる消費者が広告だと直感しづらい形となっています。
近年、消費者の間で直接的な広告に対する抵抗感が高まっています。また若年層を中心に、テレビCMや看板広告などの伝統的な広告手法に対して鈍感になってきたという説もあります。これに加えて、SNSやYouTubeなどの新しいメディアが台頭し、インフルエンサーや個人の発信力が増大してきました。
このような変化の中で、ステルスマーケティングは注目を集めるようになりました。消費者が自然に関心を示すコンテンツとして広告を仕込むことで、従来の方法よりも効果的にブランドや商品の訴求が可能となります。
しかし、その「隠密性」は諸刃の剣となり得ます。なぜなら、消費者の心を掴みやすいというメリットがある一方、誤解や誤認を生むリスクも持っているためです。もし消費者が後からその内容が宣伝だったことを知った場合、裏切られたという感情や企業への不信感が生まれる可能性が高まります。また、新しいメディアの影響を受けて、消費者の情報リテラシーも向上しているため、不透明なステルスマーケティング手法を用いることが、ブランドの信頼性を損なうリスクも増しています。企業側としては、この点に十分注意を払う必要があるでしょう。
さらに、法律の観点からも、ステルスマーケティングの手法は慎重な取り扱いが求められます。一部の国や地域では、ステルスマーケティングの手法そのものが明確に禁止されていることがあります。このような地域では、広告であることを消費者に明示しない場合、企業は罰則を科される危険性があります。
具体的には、広告内容の非公開性や不明瞭さが、消費者の誤解を招くと判断される場合、広告主である企業が法的な制裁を受けるリスクが考えられます。このような罰則は、単なる経済的損失だけでなく、企業のブランドイメージや信頼性の損失にもつながりかねません。
従って、海外展開や異なる市場でのマーケティングを検討する際には、各国の広告に関する法規制やガイドラインなどを十分に調査し、確認することが必須となります。消費者の心を掴む手法であるステルスマーケティングですが、その利用に当たっては、法的リスクも含めて、総合的な検討と戦略の策定が不可欠となります。
日本におけるステルスマーケティングの法規制
日本におけるステルスマーケティングに関する法的な取り組みは、長らく不明確な状態が続いており、日本の法律ではステルスマーケティングを明示的に規制するための立法が存在していませんでした。しかし、2023年3月に、「一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難である表示」が景品表示法第5条第3号に基づき、「不当表示」に指定されました(指定告示)。このステルスマーケティング告示に違反し、消費者庁の調査の結果、違反行為が認められた場合、事業者に対して、措置命令が行われ、その措置命令の内容が公表されます(課徴金はかかりません)。この告示は2023年10月1日から施行されます。
この告示の中で、ステルスマーケティング、通称「ステマ」は「事業者の表示であること」と「事業者の表示であることが消費者にわかりにくい」という2つの要件を満たすものと定義されています。
さらに、消費者庁による「運用基準」の中で、この「事業者の表示であること」を具体的に判断する際のポイントとして、販売事業者が「表示内容の決定」に関与しているか否かが判断基準になるとされています。具体的には、販売事業者がインフルエンサーやタレントに対して、表示や発信してほしい特定の内容を明確に指示・要請した場合、それは「事業者の表示」として認識されることになります。
現行の規制においては、焦点となるのは商品やサービスを供給する事業者、すなわち広告主です。具体的には、これらの事業者がどのような指示や要請を行い、それがステルスマーケティングに該当するか否かという観点での判断が重要とされています。一方で、企業から広告や宣伝の依頼を受けたインフルエンサーやタレントなどの第三者は、この規制の対象としては考慮されていません。
この新たな規制には、まだ曖昧さが残っています。特に、インフルエンサーやタレントが自発的に発信した内容と、事業者からの指示を受けて発信した内容の線引きは難しく、実際の適用においてどのように判断されるのかは未だ不透明な状態となっています。新しい規制の実効性や、どのようにして明確なガイドラインを設定するかなど、未だ多くの課題が残されているといえるでしょう。
米国におけるステルスマーケティングの法規制
米国におけるステルスマーケティングの法規制は、特にFederal Trade Commission(FTC:米連邦取引委員会)によって監督されています。FTCは、消費者を誤認や欺瞞から守るためのガイドラインや規定を策定しており、ステルスマーケティングに関してもその範疇に含まれます。
FTCは、企業が提供する情報が広告である場合、その情報が広告内容であることを明確にすることを求めています。特に、インフルエンサーやブロガーが製品やサービスを紹介する際に、その内容がスポンサードや提供されたものである場合、それを明示することが要求されます。このような情報の開示は、「#ad」や「#sponsored」のようなハッシュタグを使用することで明示することができます。
2017年には、FTCが多数のインフルエンサーに警告状を送付し、適切な開示をするように要請したことが話題となりました。これは、広告内容の開示が不十分であったり、誤認を招く可能性があったりすると判断されたためです。米国では、日本と異なり、広告主だけでなくインフルエンサーも規制の対象となっています。このような取り組みを通じて、FTCはステルスマーケティングの問題に対して積極的に対応していることが伺えます。
しかし、米国においてもステルスマーケティングの境界は曖昧な部分が多く、具体的な判断基準や適用の仕方には議論の余地が残されています。例えば、インフルエンサーが製品を自ら購入してレビューを行った場合や、微細な対価の交換が行われた場合の開示の要不要など、多くのケースバイケースの判断が求められています。
FTCでは、ガイドラインの中で、宣伝を行う際に関係を公表すべき場合や、公表しなくても良い場合の具体的な事例を紹介しています。米国マーケットで、具体的な取り組みを行う際には、このガイドラインを参考にし、適切な方法で情報の公表や広告活動を進めるとよいでしょう。
海外進出におけるリーガルリスクの回避にむけて専門家への相談をご検討ください
海外進出や越境ECを検討する際、企業は各国の法的な規制に目を向ける必要があります。同時に、各国の文化や社会の特性、そして消費者の価値観や期待にも敏感になることが重要となります。
まずは、各国の消費者保護の基準や企業の義務についてコンプライアンス遵守に努める意識を持つことが重要です。特に欧州や北米など、消費者保護が強化されている地域では、その基準を満たさない行為は厳しく罰せられることが考えられます。そのため、事前にしっかりと情報を収集し、その国の消費者保護の文脈や企業の義務を理解することが大切です。
また、同じマーケティングの手法であっても、文化や価値観の違いから、ある国では受け入れられるものが別の国では不適切と受け取られる場合が考えられます。例えば、ある国では直接的な広告手法が好まれる一方、別の国では控えめで繊細なアプローチが期待されるかもしれません。これを見極めずに活動すると、意図しない形での反発や炎上を招くリスクが高まります。
グローバルなマーケティング戦略を検討する際は、その手法がブランドの信頼性やイメージに悪影響を及ぼさないよう十分な配慮をしましょう。短期的な売上向上を目指すのではなく、長期的なブランド価値の構築を目指す姿勢が求められます。特にステルスマーケティングは、消費者に誤解を与える可能性があるため、透明性と誠実さを維持することに留意してください。
結論として、海外市場での成功は、適切な情報収集とその国特有の文化や価値観の理解、そして消費者の期待やニーズに応える戦略の検討が鍵となります。法規制だけでなく、これらの要素を組み合わせた総合的なアプローチが求められるといえるでしょう。
ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。貴社のグローバルな成長戦略に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。
※本稿の内容は、2023年9月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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