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はじめに:なぜ米国のプライバシー法が複雑なのか
近年、世界的に個人情報保護への関心が高まる中、アメリカにおけるプライバシー法規制の動向は、日本企業にとっても無視できない重要な論点となっています。特に越境ECやデジタルサービスの提供を通じて米国市場に関わる企業にとって、現地の法規制への対応は、法的リスクの回避のみならず、顧客信頼の獲得にも直結するからです。
しかしながら、アメリカにおける個人情報保護の法制度は、EUのGDPRのように統一的な枠組みが存在せず、「州ごとに異なるルールが存在する」という大きな特徴があります。すなわち、企業はビジネスの対象とする州によって、適用される法令の内容・義務・対応手順が大きく異なるため、各州法の差異を把握したうえでの柔軟な対応が求められます。
たとえば、カリフォルニア州ではCCPA(California Consumer Privacy Act)およびその改正法であるCPRA(California Privacy Rights Act)が施行されており、消費者に対する詳細な通知義務やオプトアウト機能の提供が義務付けられています。一方で、コロラド州、バージニア州、ユタ州などではそれぞれ独自の包括的プライバシー法を施行しており、用語定義や対象事業者の基準、個人の権利内容などに細かな違いがあります。
さらに2025年以降は、デラウェア州やミネソタ州などでも新たな州法が順次施行される予定であり、州法の「モザイク化」はますます進んでいます。これにより、米国全体としてのプライバシー保護の一貫性が失われ、企業にとっては対応コストやコンプライアンス管理の難易度が著しく上昇しているのが現状です。
この記事では、州ごとのプライバシー法制度の違いや、連邦政府による統一法制定の動き、そして日本企業が直面しうる実務的リスクとその対策について、最新の動向をもとに解説していきます。
代表州におけるプライバシー法の現状(州別概要)
アメリカでは連邦レベルで統一されたプライバシー法が存在しないため、各州が独自にプライバシー法を整備しており、「州ごとに異なる規制」に日本企業が適切に対応することが重要です。ここでは、すでに施行されている代表的な州法と、2025年施行予定の新規州法を整理してご紹介します。
カリフォルニア州(CCPA/2023年施行のCPRA)
カリフォルニア州は米国におけるプライバシー法の先駆者で、2018年成立の「California Consumer Privacy Act(CCPA)」がきっかけとなりました。その後、2020年には改正法として「California Privacy Rights Act(CPRA)」が成立し、2023年1月1日に施行されました。CPRAでは、消費者の個人情報に対するアクセス、削除、訂正、移転などの権利が強化され、センシティブデータ(精密な位置情報、人種・宗教・遺伝情報など)に対する利用制限も新たに規定されました。さらに、「California Privacy Protection Agency(CPPA)」が設立され、違反への罰則強化や運用監督を担う機関として機能しています
コロラド州、バージニア州、ユタ州、コネチカット州:包括的州法の導入
CPRAに続き、コロラド州、バージニア州、ユタ州、コネチカット州も包括的プライバシー法を制定しました。
- コロラド州:「Colorado Privacy Act(CPA)」は2023年7月1日から施行。消費者にはアクセス・削除・訂正・移転・オプトアウトなどの権利が与えられています。
- バージニア州:「Virginia Consumer Data Protection Act(VCDPA)」は同じく2023年1月1日施行。消費者の権利と企業の義務が整理された法律です。
- コネチカット州:「Connecticut Data Privacy Act(CTDPA)」は2023年7月1日施行。Global Privacy Control対応なども義務化されています。
- ユタ州:2023年12月31日施行の州法が制定されています。
2025年に施行を迎える新規州:デラウェア、アイオワ、ミネソタなど
さらに、2025年には複数の州で新たなプライバシー法が施行される予定です。以下にいくつか例を挙げます。
- デラウェア州:「Delaware Personal Data Privacy Act(DPDPA)」は2025年1月1日施行
- アイオワ州:「Iowa Consumer Privacy Act(ICPA)」も2025年1月1日より施行となり、消費者からの情報削除要求対応などが規定されています。
- ミネソタ州:「Minnesota Consumer Data Privacy Act(MN CDPA)」は2025年7月31日施行予定です。
これに加え、ニューハンプシャー州、ネブラスカ州、テネシー州、ニュージャージー州、メリーランド州なども2025年中に施行を控える州としてリストに挙がっており、州法の「パッチワーク」化がさらに進むこととなります。
このように、カリフォルニアを中心とした既存の州法に加え、次々と新たな法制度が整備されることで、米国での事業運営におけるプライバシー・コンプライアンスはますます複雑化しています。特に注力されているのは以下の点です:
- 消費者権利の強化(アクセス・削除・オプトアウトなど)
- センシティブデータの保護基準の明確化
- 罰則強化
日本企業がそれぞれの州法に対応するためには、対象となる州の法制度を正確に把握し、開示や顧客対応、システム対応までを整備する必要があります。次のセクションでは、日本企業が取るべき戦略的対応とリスク管理のポイントを解説します。
最新トレンド:生体データ規制・少年データ保護の動き
米国各州で進むプライバシー規制の強化は、単に包括的な消費者保護にとどまらず、特定のデータ種別やユーザー層に焦点を当てた個別規制へと進化しつつあります。中でも注目されるのが、生体データ(バイオメトリクス)や未成年者の個人情報を対象とした新たな保護ルールです。これらは企業に対し、従来以上に厳格な同意取得や管理義務を課すものであり、日米間の法的・文化的ギャップを考慮した慎重な対応が求められます。ここでは、こうした最新の動向としてコロラド州とオレゴン州の規制を紹介します。
コロラド州におけるバイオメトリクス(生体データ)規制の強化
2025年7月1日より、コロラド州のプライバシー法(CPA)に「バイオメトリクス修正」が導入されます。これは、指紋や顔認識、声紋など「バイオメトリクス識別子・データ」を収集・処理する企業に対して、明確な義務を課すものです。具体的には、書面によるポリシーの策定(保有期間、データ消去基準、安全対応手順など)や消費者・従業員に対する通知・同意取得の義務化、さらには識別情報の販売・提供に対する、対価付きの同意取得の原則などが含まれます。
雇用者が従業員や応募者からバイオメトリクスを取得する場合も、同意取得とポリシー整備が求められ、かつその通知が行われる必要があります。ただし、コロラド州法にはプライベート・アクション(個人訴訟)の規定がなく、執行は州司法長官などによって行われます。
オレゴン州における13~15歳ユーザーの個人データ販売禁止
オレゴン州の消費者プライバシー法(OCPA)では、13~15歳の未成年者に対し特別な保護規定が設けられています。企業がこの年齢層の個人データを販売したり、ターゲティング広告や意思決定型のプロファイリングに使用する場合には、本人または保護者からの「同意(opt‑in)」取得が必須です。消費者は自己決定権を有し、13~15歳は自ら拒否(opt‑out)することも可能です。これは児童の個人情報を守るため、より厳格な規制とされています。
連邦政府との整合性とその課題
統一的な連邦プライバシー法が存在しない現状
米国では現在、EUのGDPRに相当するような、全国レベルで一貫した包括的なデータプライバシー法は存在していません。医療や金融、児童のプライバシーに関しては、HIPAA(医療情報保護法)やGLBA(金融機関向け)、COPPA(児童オンラインプライバシー保護法)などの個別法が存在しますが、一般消費者の個人データ保護に関しては包括的な連邦法は制定されていないのが現状です。
このため、各州が独自にプライバシー法を制定する流れが加速しており、代表的な例がカリフォルニア州のCCPA/CPRAです。続いてバージニア州やコロラド州など複数の州も独自法を施行し始め、今後もその数は増加すると見込まれています。
「法のパッチワーク」状態とその弊害
このように州ごとに独自のプライバシー法が存在することで生じているのが、いわゆる「パッチワーク(継ぎ接ぎ)問題」です。企業は事業展開する州ごとに異なる義務や定義、通知方法、オプトアウト権などに対応しなければならず、一貫したプライバシーポリシーの策定が困難となっています。
たとえば、データの「販売」に関する定義一つをとっても、カリフォルニア州では第三者への情報提供全般が含まれる可能性がある一方、他州ではより限定的な解釈が採られることもあります。また、オプトアウトの実装手段も州ごとに差があり、ユーザーに対する通知やUIデザインにまで影響を及ぼします。
このような分断状況は、特に米国外の企業にとって大きな障壁となり得ます。たとえば、日本企業が米国市場に進出する場合、事業の対象となる州ごとに異なる法規制を理解し、適切な対応を個別に行う必要があります。これにより、法務・IT・マーケティング部門を横断した対応が求められ、運用負担やコストの増加が避けられません。
今後の展望と注意点
現在、統一的な連邦プライバシー法の制定を求める動きも見られますが、政治的対立や州の自主権への配慮から、いまだ実現には至っていません。特に、州が連邦法よりも厳しい規制を設けることを許容するかどうかが争点となっています。
こうした背景から、今後も州ごとの動向を継続的にウォッチし、柔軟に体制を整備する姿勢が企業側には求められます。日本企業にとっては、各州の要件に対応できる包括的かつ柔軟なプライバシー対応体制の構築が重要です。現地の法律専門家と連携しながら、統一されたデータガバナンス体制を確立することが、リスクの最小化と市場参入の円滑化につながるでしょう。
日本企業にも適用される米国州法の可能性と対応の重要性
米国の州レベルのプライバシー法の多くは、企業の所在地にかかわらず、「当該州に居住する消費者の個人情報を収集・利用する企業」に対して適用されます。たとえば、カリフォルニア州の「CCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)」では、カリフォルニア州民から年5万件以上の個人情報を収集している、あるいは年間収益が2,500万ドルを超える企業などを対象としており、日本に拠点を置く企業であっても州内の消費者データを取り扱えば適用対象となる可能性があります。
このため、日本企業であっても米国市場向けにECサイトやアプリを展開している場合、対象州のプライバシー法を事前に調査し、該当する場合は通知義務・オプトアウト機能・データ開示対応などの要件に対応する必要があります。未対応のまま事業を継続すると、罰金や訴訟リスクに直面するおそれがあるため、現地法の理解と専門家との連携を通じた法令順守体制の構築が不可欠です。
実務対応ステップ:ガイドラインから体制構築まで
米国の州ごとに異なるプライバシー規制に対応するためには、単に法的要件を知るだけでなく、それに基づいた継続的かつ実務的な対応体制の構築が求められます。特に、複数の州にまたがるビジネス展開を行う場合、規制内容の追跡や、社内ルールの整備、関係者との連携が不可欠です。本章では、日本企業がコンプライアンスを強化するうえで活用できる最新の情報源や、社内体制の整備のポイント、そして現地パートナーとの連携方法について解説します。
最新の追跡ツール・情報源(例:IAPPの州プライバシー法追跡サイト)
米国の州ごとのプライバシー法は毎年のように新設・改正があり、企業は法規制の動向を正確かつ迅速に把握する必要があります。そのためには、専門機関による法令追跡ツールの活用が有効です。たとえば、IAPP(International Association of Privacy Professionals)の「US State Privacy Legislation Tracker」では、全米各州の包括的プライバシー法の進捗状況、施行日、対象要件を一覧で確認できます。また、米国政府機関や州議会、プライバシー専門の法律事務所が提供するホワイトペーパーやアラート機能付きニュースレターなども併用することで、最新動向のキャッチアップが可能となります。こうした情報源を法務部門だけでなく、経営層やマーケティング部門にも共有することが、全社的なリスク回避につながります。
社内・法務部・IT・営業部門間のクロスファンクショナル整備
米国のプライバシー法に対応するうえで重要なのが、社内の部門間連携(クロスファンクショナル体制)の整備です。個人情報の収集・管理・利用・削除といった一連の業務フローには、法務部のみならず、IT部門や営業・マーケティング部門が深く関与しています。たとえば、データポータビリティ要件に対応するには、システム的な出力機能と法的な同意の設計が連携している必要があります。また、Cookie利用に関する説明責任を果たすには、Web開発担当と営業部門が連携して適切なバナー設計やユーザー対応を整備することが求められます。このように、部門ごとに分断されたままでは法令違反のリスクが高まるため、定期的な情報共有会や合同プロジェクトチームの設置を通じて、実務ベースの体制強化を図る必要があります。
現地専門家や現地拠点との連携によるコンプライアンス推進
州法対応の実務では、現地の法制度や実務慣行に精通した専門家との連携が不可欠です。特に、規制の解釈や執行実務が州ごとに異なる場合もありますので、プライバシー分野に強い弁護士や法律事務所と連携することで、対応の正確性とスピードを高めることが重要です。また、米国に支社や子会社を持つ企業の場合、現地拠点の担当者と日本本社との情報連携体制を構築することも有効です。具体的には、法令改正のたびに双方でチェックリストを更新したり、業務フローの変更点を共有するなどの定期的なレビュー体制が挙げられます。リスクの高い分野では第三者監査の導入も検討すべきです。こうした現地対応と本社体制のハイブリッドな整備により、持続可能なコンプライアンス体制の構築が可能になります。
海外進出・海外展開への影響
米国における州ごとのプライバシー法の複雑化は、日本企業にとって法的・実務的な大きなチャレンジとなっています。統一的な連邦法が存在しないなか、カリフォルニアやコロラドなどの主要州が独自に厳格な規制を導入しており、今後も多くの州が追随する見通しです。これにより、米国市場への進出や現地でのデジタルマーケティング活動、EC事業の展開には、州単位での法令理解と実務対応の体制整備が不可欠です。
また、対象企業に対しては州外企業も含まれるケースが多く、一定の条件を満たせば日本企業も規制対象となる可能性があります。したがって、単なる情報提供だけでなく、現地の法務事情に即した戦略的・継続的なコンプライアンス対応が求められます。これは単なるリスク回避にとどまらず、企業ブランドの信頼性を高め、グローバル展開を加速させる上での競争優位性の確保にもつながるものです。
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、国際法務およびデータ、プライバシー関連ガバナンス体制の整備に関する高度な専門知識と実務経験を活かして、企業の米国プライバシー法対応を総合的にサポートしております。米国各州の法改正動向への実務的な対応や、海外事業展開に伴うデータ保護体制の強化にお困りの際は、どうぞ安心してご相談ください。
※本稿の内容は、2025年8月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所
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