コンプライアンス

海外進出・海外展開:アメリカ国防権限法(NDAA)の改正案で、特定企業による米国での特許訴訟を阻止する法案が提出される/企業の海外進出・海外展開に与える影響とは

by 弁護士 小野智博


 

はじめに

トランプ政権は次世代通信規格5Gネットワークをめぐり、中国との対立を深めています。具体的には、5G技術の中核である中国企業のファーウェイが開発している通信機器は安全保障上の問題があると指摘し、政府主体でその排除を進めているのです。さらに、ヨーロッパ諸国や日本に対しても、ファーウェイの製品を受け入れないように同調を訴えています。

このようなアメリカの姿勢に対して、中国は反発しており、米国製品に対する追加報復関税を発表しました。トランプ大統領もそれに対抗する形で、対中関税の新たな引き上げを発表し、米企業に対し中国からの事業撤退を要求するなど、米中の対立が収束するのはまだまだ先のようです。

米国では毎年、国防予算を承認するに向けて様々な条件が付加され、国防権限法(National Defense Authorization Act:NDAA) の改正法案が提出、承認されます。2018年8月には、次年度の国防予算として79兆円を認可する「2019会計年度国防権限法(NDAA2019)」が成立しました。注目すべきは、本法の889条に米政府機関がファーウェイなど中国企業5社の製品やサービスを使用してはならないことが明記された点です。本法案は昨今の米中の対立構造を強く反映した内容となっていますが、このような米中対立の影響は、実は2国間だけにとどまらず、ファーウェイ製品を排除する一連の動きの中で日本の企業にも影響を与えうる危険性をはらんでいます。本稿では、本法案提出の背景とともに、改定法案が成立した際に日本の企業に与える影響についても考察します。

ファーウェイの特許

現在中国では国家戦略として、5Gインフラ投資に国を挙げて取り組んでおり、技術開発面において、中国は世界をリードする存在となっています。ドイツの調査企業IPlyticsが1月に発表した5G分野の技術特許出願数のレポートによれば、中国企業が34%(内ファーウェイだけで約15%)とトップシェアを誇っているとのデータがあります(米国企業は14%)。

このように5G技術関連ではファーウェイを中心に中国が世界で一歩先を行く状況ですが、これらの特許を巡っては、ファーウェイが他の企業に対して高額のライセンス料を請求するなど、物議を醸しています。例えば、ファーウェイは230件を超える特許に関連し、10億ドル以上のライセンス料を支払うようアメリカの大手通信企業ベライゾンに要求しているのです。

国防権限法(National Defense Authorization Act:NDAA)の改正案

前項で紹介したファーウェイによる特許を巡った大型訴訟は政治的問題に起因するものだとして反発が起きています。 ファーウェイからの上記要求に関して、ベライゾン側は「今回の問題は我社だけにとどまらない。ファーウェイを巡る様々な問題は国家的・国際的な関心を呼ぶものである」とコメントを出しています。また、アメリカ共和党のマルコ・ルビオ上院議員は、ベライゾンに対するファーウェイからの請求は「訴訟というコストの大きい場に持ち込むことで、根拠のない特許権主張によって、アメリカに報復しようというファーウェイ側の企みだ」とSNS上で強く非難しています。このような背景も関連して、2019会計年度国防権限法(NDAA2019)の改正案として、中国企業が米国で特許訴訟を起こすことなどを阻止する法案,3がマルコ・ルビオ上院議員らにより 提出されました。

上記法案が提出される前の5月15日にはアメリカ商務省により、米国製品の輸出を禁止するエンティティー・リスト(Entity List:EL)にファーウェイを追加すると発表されています。このELとは米国の安全保障・外交政策上の利益に反する顧客等のリストをいい、米国にとって貿易を行うには好ましくない相手と判断された米国外の個人・団体などが登録されます。これに記載されている企業に対しては、商務省の許可がない限り、米国の物品やソフトウエア、生産・開発に必要な技術を輸出することが禁止されます。そしてこの許可申請は原則として却下されるため、本リストへの掲載は米国製品に関する事実上の禁輸措置といえるでしょう。 現在、本リストにはこれまで米国が制裁を科してきた中東諸国などの企業をはじめ、通信や半導体などを手がける中国企業も多く掲載されています。 今回提出された 法案には、ELに登録され米国政府の監視対象となっている企業が、アメリカ国内法による救済措置を求めることを禁止する内容となっています。 つまり、特許侵害での提訴も含め 、アメリカ国内で訴訟を起こすことができなくなるのです。

日本企業への影響

今回の修正法案の提出は、事実上、ファーウェイを狙い撃ちにしたものだと一般的に考えられています。しかし、この法律は長い目で見ると、あらゆる企業への脅威となりうる可能性を秘めているのです。

本法律で特許を巡る訴訟が禁止される対象は、ELに追加された企業です。現在は、米中の対立の過程で、中国企業の5社(ファーウェイ、ZTE、Hytera Communications、Hangzhou Hikvision、Dahua Technology)がELに記載されています。しかし、今後、アメリカが他国に圧力をかけるための手段として企業をEFへ追加すれば、対象となった企業は米国内で特許権侵害に対する救済措置を求められず、特許権を無制限に侵害される恐れが生じてきます。これはアメリカでビジネスを展開する日本企業にとっても、無視できないビジネス上のリスクになる可能性があります。

本法案は5Gをめぐる米中対立の中で提案されたものですが、国家対立の中で安全保障を知的財産権の保護より優先する流れには注意が必要です。日米関係の行く末によっては、日本の技術流出にも繋がるため、本法案がもたらす影響には十分な注意を払っていく必要があると考えられます。

 

※本記事の記載内容は、2019年10月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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