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海外進出・海外展開:米国AI規制の転換点|大統領令EO 14179とは?

by 弁護士 小野智博

海外進出・海外展開:米国AI規制の転換点|大統領令EO 14179とは?

はじめに

2025年1月、第2次トランプ政権発足とともに、「人工知能におけるアメリカの主導権を妨げる規制の撤廃(Removing Barriers to American Leadership in Artificial Intelligence)」を目的とした大統領令14179号(Executive Order 14179)が発令されました。この命令は、バイデン政権下で制定されたAI規制強化の大統領令(EO 14110)を正式に廃止し、AIイノベーションの推進と企業活動の自由化を主軸とする政策転換を明確に打ち出したものです。

EO 14179は、今後180日以内に連邦政府全体でのアクションプランを策定するよう指示しており、連邦機関による不要なAI規制やガイドラインの見直しが進むと予想されています。また、連邦調達・認証の分野に影響を与えるOMB(行政管理予算局)のガイダンス(M-24-10およびM-24-18)の改訂も視野に入っており、実務レベルでの変化が始まろうとしています。

この政策転換は、単なる規制緩和にとどまらず、米国に進出する日本企業にとってAI関連ビジネスの新たな機会とリスクの両面をもたらす重要な動きです。特にカリフォルニア州を中心に進んでいるAI規制(州法)と連邦政府の緩和方針との整合性が問われる中で、複数レベルの法令を跨いだリスク管理や契約対応が必要となってきます。

また、AIソリューションを提供するスタートアップや、米国企業との技術連携を進める企業にとっては、連邦機関との取引や、コンプライアンス要件が見直される可能性があるため、早期に情報収集と体制整備を進めることが競争優位性につながるといえるでしょう。

この記事では、2025年1月に発表された大統領令「Executive Order 14179」の内容をもとに、米国のAI規制環境の転換点を解説するとともに、日本企業が米国でAI関連事業を展開するうえで押さえておくべき法務対応や戦略的アプローチについてわかりやすく解説します。

 

Executive Order 14179とは?

EO 14110との違いと廃止の意味

Executive Order 14179(以下、EO 14179)は、2025年1月に第47代米国大統領就任したドナルド・トランプ氏により発令された大統領令であり、バイデン政権時代のAI規制強化策であるEO 14110(2023年10月発令)を正式に撤廃することを明記しています。EO 14110は、連邦機関によるAI利用に対して厳格な審査や透明性確保、影響評価などを求めており、安全性と倫理を重視した内容でした。一方、EO 14179では、過剰な規制がイノベーションを妨げていると判断し、規制緩和を通じてアメリカのAI技術主導権を取り戻すことを目的としています。

この転換は、単なる政策の修正ではなく、技術主導のグローバル競争においてアメリカが再び主導権を握るための戦略的判断と位置付けられています。特に、米国発のAIスタートアップや民間企業の研究開発活動が、公的な規制によって委縮することを防ぐための措置といえるでしょう。

米国のAI主導権強化と規制撤廃方針

EO 14179の最大の特徴は、「AI主導権の回復」および「不必要な規制の撤廃」という2つの柱にあります。同令は、過去の政策によって民間のAI開発が過度に制限されていたとして、それを是正することを明示しています。具体的には、連邦政府各機関に対して、AIの研究開発・導入・活用に対する障壁となっている規制・指針・制度の棚卸しと撤廃を命じています。

また、連邦政府自身がAI活用を進めることで、市場におけるAI導入の実績・信頼を高め、米国のAI分野における国際競争力を取り戻すことも目的としています。EO 14179は、政府主導のイノベーション推進政策として、AI分野における米国のリーダーシップの再確立を狙っています。

180日以内のアクションプラン策定指示の意義

EO 14179は、単なる理念的な方針ではなく、180日以内に連邦各省庁が具体的なアクションプランを策定・提出することを義務付けている点でも注目されています。アクションプランの中には、以下のような具体策が含まれることが想定されます。

  • 規制の棚卸しと撤廃候補の明示
  • AI導入を促進するための政府調達手続の見直し
  • 民間企業との連携を促進するための官民パートナーシップ方針の策定
  • 新たな安全性基準や倫理ガイドラインの策定

これにより、AIに関わる企業や技術提供者が将来の規制環境を見通しやすくなると同時に、早期にビジネス戦略を調整できる余地が生まれます。 特に、日本企業がAI関連の製品・サービスを米国市場に展開する場合、このアクションプランの動向は今後の事業方針やパートナー選定にも影響することになるでしょう。

 

日本企業への主な実務影響

Executive Order 14179(EO 14179)の発令は、米国内においてAI関連事業を展開している、あるいは今後展開を検討している日本企業にとっても、戦略的に見逃せない動きです。バイデン政権下のEO 14110では、連邦機関がAIの使用に際して厳格な評価・監査を義務づけており、日本企業にとっても、米政府との契約に高い透明性や説明責任が求められる局面が多くありました。しかし、EO 14179はその枠組みを撤廃し、AI開発・導入におけるハードルが大幅に引き下げられることになります。以下に、日本企業が実務レベルで注視すべき主な影響を整理します。

規制緩和によるAIサービス展開の機会

まず注目されるのが、規制緩和によりAI関連製品・サービスの米国展開がしやすくなるという点です。これまで連邦政府との契約においては、倫理的ガイドラインや安全性要件への準拠がビジネスの参入障壁となっていました。EO 14179により、こうした要求が見直され、商用AIサービスを含むプロダクトの導入が円滑になる可能性があります。

特に、生成AIや自然言語処理(NLP)、画像認識、医療・金融分野におけるAIツールなど、すでに高品質なプロダクトを持つ日本企業にとっては、今後の米市場へのローカライズと展開戦略の再構築に好機が訪れます。スタートアップだけでなく、研究開発機能を持つ大手企業にとっても重要な転換点です。

公的機関との契約・認証関連の影響

EO 14179の施行により、米連邦機関や州政府とAIを活用したソリューション契約を結ぶ際の手続きが簡素化される可能性があります。これにより、これまで煩雑だった認証取得や説明責任の担保といったプロセスの一部が見直されると期待されます。

たとえば、AIを活用したサプライチェーン管理システムや公共サービス向けソリューションなどを提供する日本企業にとっては、連邦・州レベルでの入札や調達の敷居が下がることにより、新たな販路獲得のチャンスとなり得ます。

技術パートナーシップや現地子会社運営への波及

EO 14179は、連邦政府機関だけでなく、米国内のスタートアップや民間企業への規制撤廃にも影響を及ぼすことが想定されています。これにより、米国企業との技術連携やジョイントベンチャー、M&Aの動きが活発化する可能性があります。

たとえば、カリフォルニア州やテキサス州など、AI・ディープテックの拠点である地域に子会社を持つ日本企業は、現地企業との共同開発や連携などを通じてAI関連の新規事業を加速できる土壌が整ってくるでしょう。また、米国法人が現地の人材を採用しやすくなることや、AI人材の研修制度などにも柔軟性が出てくる可能性があります。

 

OMBメモランダム(M-24-10/M-24-18)の改訂と今後の変化

Executive Order 14179の発令により、米国行政管理予算局(OMB)が発出していたAIに関する主要メモランダム―M-24-10(連邦政府のAI活用に関する方針)およびM-24-18(重要AIシステムの定義および管理枠組み)ーの見直しが進められることが示唆されました。これらの文書は、連邦機関がAIを導入・運用する際の基準や手続を定めたものであり、今後の改訂は企業がAI関連ビジネスを進めるうえでの制度的枠組みに直接影響します。

改訂の背景と対象

M-24-10は、連邦政府がAIを責任ある形で導入・活用するための包括的ガイドラインとして、2024年3月に発出されたものです。内容には、AIのリスク評価、説明可能性、バイアス排除、そして安全性確保などが含まれていました。一方、M-24-18では、連邦政府がAIシステムを調達する際のガイドラインが示されており、リスクの高いAIシステムについては、取得前の評価・管理プロセスが強化されています。これにより、政府と取引するベンダー企業にとっては、契約対応や事前準備において一定のコストや時間的負担が増加する可能性がありました。

しかし、EO 14179はこれらの文書を見直すようOMBに指示し、「米国のAIリーダーシップを妨げる過剰な規制や手続を撤廃すべきである」という明確な姿勢を示しています。これは、AIの民間利用・連邦調達におけるスピードと柔軟性を重視する方針転換を意味します。

セキュリティ、透明性、説明責任に関する見直しポイント

改訂が予想されるポイントは以下の3点です:

  • セキュリティ要件の簡素化
    従来のAI利用に関するリスク評価や第三者監査義務が、より柔軟または選択的になる可能性があります。
  • 透明性要件の見直し
    AIシステムに関する「事前通知」や「説明責任」を求める要件が、適用対象の限定や段階的導入へと移行する可能性があります。
  • AIシステムの定義の再検討
    重要AIシステムの定義や分類が見直され、機械学習モデルや生成AIについて一律に規制対象としない方向性が出る可能性があります。

これらの変化により、日本企業が米国市場に投入するAIソリューションも、より短期間で認可・導入が可能になると期待されます。

企業側が準備すべき対応

日本企業としては、これらメモランダムの改訂動向をいち早くキャッチし、対応可能な体制を整備することが求められます。とくに以下のような対応が実務上重要です:

  • 米国のAIコンプライアンス要件のアップデート監視
    特に、連邦調達や公共部門向けビジネスを展開する企業にとっては、OMBの正式な改訂内容が公開され次第、現地法人や顧問弁護士と連携し、製品仕様や契約条件の見直しを行う必要があります。
  • 情報開示・ユーザー通知の内部プロセス整備
    仮に透明性要件が一部緩和されたとしても、企業としての社会的信頼性を維持するため、自主的なAI説明資料の整備やログ記録の保存などは継続すべきでしょう。
  • 開発と運用の役割分担の再確認
    本社が開発を担い、現地法人が運用するような構成の場合には、AI導入後の説明責任を誰がどのように担保するか、ガバナンスの明確化が不可欠となります。

今後の動向次第では、州レベルのAI規制との整合性も問われることになるため、カリフォルニア州など個別州の対応指針にも注目しながら、柔軟かつ戦略的に対応を進めることが肝要です。

 

日本企業が取るべき戦略的アプローチ

EO 14179によるAI規制の見直しは、米国でのAI関連ビジネスを展開しようとする日本企業にとって大きなチャンスを意味します。まず重要なのは、緩和された規制環境を前提としたビジネス戦略の再設計です。たとえば、これまで申請・審査のハードルが高かった連邦政府や州政府とのAI関連契約への参入可能性が広がるほか、米国の企業・研究機関との連携による開発スピードの加速も期待できます。

加えて、現地法務・技術パートナーとの密な連携体制の構築が求められます。特に、EO 14179では「180日以内に行動計画を策定する」と明記されていることから、連邦政府およびOMBの方針変更が段階的に現れると予想されます。こうした変化に即応できるよう、米国側のAI政策動向を定期的にフォローする体制を構築し、法務・開発・営業チームが連携して対応できる社内ガバナンスを整備しておくことが不可欠です。

また、AIの開発・運用責任が本社と現地法人のどちらに帰属するのかといった、クロスボーダーでの権限設計・リスク管理も重要です。たとえば、米国で開発されたAIが日本国内でも使われる場合、日本の法規制との整合性をどう取るか、といった視点も欠かせません。こうした観点からも、米国進出企業にとってはAIガバナンスの再構築が戦略的課題となります。

 

海外進出・海外展開への影響:AI活用を見据えた法務対応の重要性

Executive Order 14179は、単なる規制の撤廃ではなく、米国が世界に先駆けて「攻めのAI政策」に転じたことを示す重要なメッセージです。日本企業にとっては、これまで慎重な姿勢を求められてきたAI活用について、ビジネスチャンスが大きく広がる一方、新たな制度変更に対する柔軟な対応力がより問われる局面に入ったと言えるでしょう。

とくに、米国政府がAIに関する各種方針を「今後180日以内に再設計する」としている点に注目する必要があります。これは、AIに関する規制環境が短期間で変化する可能性を意味しており、企業としては制度の不確実性と機会の両面に対する備えが求められます。

また、OMBメモランダムの改訂に伴い、AIの説明責任・セキュリティ・透明性といった要素も今後変容していくことが想定されます。これにより、「最低限求められるガイドライン」を満たすだけでなく、自社独自の倫理基準やガバナンス体制を整備することが、競争優位性の確立につながる可能性も出てきます。

今後、日本企業が米国AI市場で成功するためには、単なる法令順守だけでなく、変化への継続的なモニタリングと、戦略的にAI活用を位置づけた法務・技術連携が欠かせません。EO 14179を転換点ととらえ、グローバルなAIビジネスに対応するための体制強化を今から進めておくことが、持続的な成長と信頼獲得の鍵となるでしょう。

弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、国際法務およびAI関連ガバナンス体制の整備に関する高度な専門知識と実務経験を活かして、企業の米国AI政策対応を総合的にサポートしております。新政権におけるポリシー変更への対応や米国現地でのAI事業展開に関する法務課題でお困りの際は、どうぞ安心してご相談ください。

※本稿の内容は、2025年7月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所

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