契約支援

契約審査・契約書レビュー:ビジネスにおける秘密保持契約(NDA)の注意点

by 弁護士 小野智博

はじめに

企業の皆様が新たな取引先とビジネスを始めるにあたっては、最初に秘密保持契約(NDA)を締結するのが通常です。
NDAを交わしてはじめて、それぞれの秘密情報を開示して取引を始めることができるわけですが、このNDAを「何となく」漫然と交わしてしまっている企業の方も多いと思います。
実はこの時点で既に、企業同士のパワーバランスの駆け引きは始まっており、そこで合意された内容は後のビジネスでの自社の優位性を左右することにもなるのです。
本稿では、NDAの注意点を説明し、企業の皆様が迅速かつ優位に新規ビジネスを始めるためのノウハウを、契約書作成・契約審査・契約レビューの観点からご提供します。

 

開示目的(開示目的が秘密情報の使用範囲を決定する)

  開示目的とは、NDAの冒頭において、「甲及び乙は、〇〇事業における〇〇製品の共同開発を目的として(以下、「本件目的」という。)相互に開示する秘密情報の取扱いについて、以下のとおり合意する。」のように、秘密情報を開示する目的が記載された部分です。
一般に、契約書におけるこのような目的の記載は読み飛ばされてしまうことが多いのですが、NDAでは、注意して契約書をレビューする必要があります。
それは、この目的の記載が、秘密情報を使用することができる範囲という、極めて重要な事項を決定するからです。

 

NDAにおける開示目的の重要性

NDAにおいては、「甲及び乙は、秘密情報について、本件目的のためにのみ使用し、その他の目的のために使用してはならない」のように、秘密情報とされる情報の目的外使用について禁止する条項が規定されることが通常です。
仮にNDAにおいて目的についての言及がないと、目的外利用の境界が不明確になり、結局、NDAを契約書として作成する意味そのものを喪失してしまいます。
従って、開示者側としてはこの目的の範囲を狭く定めることにより、受領者側が秘密情報を使用できる範囲を制限し、秘密情報を守ることが大切です。
他方で、受領者側としてはこの目的の範囲をできるだけ広く定めることにより、今回の具体的な案件以外にも秘密情報を使用できる余地が出てくるわけです。

 

目的を読むことで“読み方の深さ”を判断する

“読み方の深さ”とは、どのくらい厳しくその契約書をレビューするのかということです。すなわち、NDAを交わす目的が、本契約の前段階としての検討段階の資料提供なのか、あるいは、実際の業務に関する本契約を結ぶ際の契約なのかによって、契約審査において指摘すべき細かさや厳しさは変化します。

<例>

➀(検討段階のための資料提供の場合)
甲及び乙は、甲乙間の●●加工技術分野における業務提携(本取引)の可能性を検討することを目的(以下「本目的」という。)として、甲が乙に開示する情報の秘密保持に関して、次のとおり秘密保持契約(以下「本契約」と言う)を締結する。

➁(本契約のための資料提供の場合)
株式会社甲及び乙は、甲乙間の●●加工技術分野における業務提携(本取引)をすることを目的(以下「本目的」という。)として、甲が乙に開示する情報の秘密保持に関して、次のとおり秘密保持契約(以下「本契約」と言う)を締結する。
上記の例において、➀のような取引の可能性の検討段階であれば、NDAの契約書レビューをあまり厳しく行う必要はありません。なぜなら、本契約に至る場合には、その本契約の中で再度秘密保持条項を規定して契約を締結するので、修正するべき事項をこの段階で再交渉するチャンスがあるからです。この段階では、詳細な権利関係の駆け引きよりも、ビジネスを早期に前進させることを重視して契約締結を行います。
他方で、上記の例における➁のような本契約を締結する段階であれば、秘密情報の扱いに関する交渉のラストチャンスとして、詳細に契約書をチェックする必要があります。

 

開示者側から見た場合の記載の仕方

前述のとおり、開示者側としては、今回のビジネス目的を達成できる範囲内で、出来るだけ相手方の秘密情報の利用を制限することが重要です。
そこで、開示者側としては開示目的を限定的に狭く記載することに加え、どのような利用が“不正使用”に該当するのか、限定的・具体的・明確に記載します。これにより開示者側が想定している範囲外の情報利用を制限でき、目的外利用の危険を下げることができます。例えば、「受領者は秘密情報について、リバースエンジニアリング、逆コンパイル、逆アセンブル等を行い、または第三者に行わせてはならない。」のような記載をする方法が考えられます。

 

受領者側から見た場合の記載の仕方

受領者側の立場からすれば、出来るだけ制限なく広い領域で秘密情報を利用したいという動機があります。また、当初予定していた使用の範囲を超過して秘密情報の利用をする必要が生じる可能性もあります。従って、秘密情報の利用を円滑に行うため、開示目的を出来るだけ広範囲に記載します。
例えば、他の企業への出資や経営参加を検討するために、その企業の情報の開示を受ける場合のNDAであれば、当初は新株引受を予定していたとしても、後のデューデリジェンスの結果によっては、株式譲渡や事業譲渡などの他の取引スキームが採用されることもあり得ます。そのような場合を考慮して、「新株引受その他乙が甲の経営の全部又は一部に対して出資又は経営参加する可能性を検討する目的」のように目的を広く記載する方法が考えられます。

 

小括

NDAの場合、契約書の目的の記載をチェックすることで、その後に続く条項を読む深さやその適切性の判断基準を知ることができます。逆に言えば、相手方から提示された契約書ドラフトにおいてこの目的の部分が空欄の場合には、自社において目的の記載を検討し自ら記載することで、秘密情報の扱いに関する権利義務関係において有利に立つことができます。新規事業においては、秘密情報を扱える自由度の大きさをどこまで獲得できるかによって、契約当事者間のパワーバランスは大きく変動しますので、契約審査においてこの点は非常に重要です。

秘密情報の範囲

NDAにおいて、秘密情報の範囲をどのように定めるかは、どの情報について秘密保持義務や目的外使用の禁止義務を負うかということを決定することになるため、重要です。
開示者側にとっては、万が一、情報の漏えいや不正使用が生じた場合、責任追及ができるかどうかは、その情報がNDAにおける秘密情報に含まれるか否かで決まります。
受領者側にとっては、秘密情報に含まれるものは、厳格な情報管理体制を求められ、その使用状況について常に把握することが求められるのに対し、秘密情報に含まれなければ、そのような責任を負わずに自由に使用することができます。

 

秘密情報の範囲の記載の仕方

一般に、情報の開示者側にとっては、開示者側が開示した情報の全てを秘密情報の範囲に入れることが望ましいと考えられます。
他方で、情報の受領者側にとっては、秘密情報の範囲が広範囲に及ぶと、意図せず契約違反をしてしまう危険が高まります。よって、受領者側から見た場合には、「秘密である旨が明示されたもの」等の文言によって、秘密情報の範囲を限定することにより契約違反の危険を下げることができます。

秘密情報の範囲に関する契約書レビューポイント

開示者側           受領者側

「一切の情報」   ⇔    「秘密である旨が明示されたもの」

 さらに、情報の受領者側としては、秘密情報の定義において、「製品仕様、データ、ノウハウ、フォーミュラ、組成物、プロセス、デザイン…」のように、具体的に対象を列挙することを提案することにより、秘密保持義務の対象を明確化し、リスクを低減することも考えられます。
 これに対し、情報の開示者側としては、列挙されていない情報を開示した場合には秘密保持義務の対象から外れてしまうため、秘密情報に含めたい情報がすべて列挙されているか、契約書を慎重にチェックすることが必要です。
 この他のポイントとしては、①秘密情報の複製についての制限、②個人情報の取扱い、③秘密情報の例外、④秘密情報の存在自体の口外等の禁止等があります。ただし、①②③については一般的に規定される場合が多いですが、④については、プレスリリース等の広告宣伝に関して制限される結果となるため、注意が必要です。

秘密情報の管理体制について

NDAを締結し、目的、秘密情報の範囲、後述する損害賠償の範囲が適切であっても、秘密情報の受領者側で情報の管理がずさんな場合、秘密情報の漏えいの危険が増大します。

 

開示者側から見た場合(受領者側の秘密情報の共有範囲は適切か)

開示者側から見たポイントとして、受領者側において、開示者側の事前の書面による同意を得ることなく秘密情報を開示できる範囲が適切か、ということが挙げられます。
例えば、下記のような規定があったとします。
「受領者は、機密情報を業務上知る必要のある役員・従業員、関係会社(会社法上の親会社、子会社をいう)役員・従業員、本契約と同等の機密保持義務を課した業務の委託先、および当該機密情報の評価または内部利用のために契約している弁護士・公認会計士・コンサルタント等に開示することができるものとする。」
この規定では、秘密情報を開示することができる関係者の中に、守秘義務を負担しない第三者が混在しています。上記の例では、「コンサルタント等」の記載が危険です。同列に列挙している弁護士や公認会計士と異なり、法律上の守秘義務を負っていないからです。
このように、守秘義務を負担しない第三者の例としては、①守秘義務を負わない外部の専門家(例:コンサルタント)、②委託先及び再委託先、③退職後の従業員などが挙げられます。こうした守秘義務を負担しない第三者が開示対象とされている規定の場合、開示できる範囲を「本契約と同等の秘密保持義務を課した○○」という具合に、受領者側に情報の管理を義務づけさせることが重要です。

 

特に問題となる退職後の従業員及び再委託先

近年問題となるケースとして、退職後の従業員が顧客リストを持ち出した場合や、図面の持ち出しをした場合の受領者側企業の責任が追及される事案があります。また、同様に問題となるケースとしては、再委託先の従業員による情報の持ち出しも考えられます。記憶に新しいところでは、平成26年6月に発覚したベネッセの情報漏示事件などがあります。  こうした危険を小さくするため、秘密情報を扱った退職後の従業員に対する、退職後まで有効なNDAの締結、再委託先の場合には、委託先と再委託先との間のNDA締結を義務化する規定を定めることが重要です。
さらに、開示者側としては、このような関係者への秘密情報の開示についての受領者側の責任の取らせ方として、受領者に連帯責任を負わせることも有効な方法です。具体的には、「ただし、受領者は、これらの者による機密の保持につき、開示者に対して、これらの者と連帯してその責を負うものとする。」のように規定することが考えられます。

 

受領者側から見た場合(秘密情報の管理義務の程度は適切か)

受領者側から見たポイントとして、過度に秘密情報の管理義務が重く規定されていないかをチェックすることが重要です。例えば、秘密情報の管理体制として、「不正競争防止法に基づく秘密管理性の要件に該当する管理義務を負担する」等、通常の善管注意義務を大幅に超える義務を課す文言があった場合は注意が必要です。この場合は、原則として、管理義務の範囲を善管注意義務の範囲まで緩和するように、契約書をレビューすべきこととなります。

損害倍賠償の範囲

NDAを締結しても、秘密情報漏えいの危険をゼロにすることはできません。また、一般に契約で損害賠償の規定を盛り込まなくても、損害賠償請求は可能です(民法709条、不正競争防止法4条等)。契約違反の際の損害賠償の規定を設けておく目的は、その条項によって、法律と異なる損害賠償請求の範囲を定めたり、損害賠償請求を容易にしたり、早期の損害の回復を可能にするためです。

 

情報漏洩についての損害賠償請求の類型

情報漏洩についての損害賠償請求の類型としては、①秘密保持契約違反を根拠とする債務不履行責任(民法415条)、②不法行為(民法709条)、③不正競争防止法違反(不正競争防止法4条)が考えられます。もっとも、➁及び➂は訴訟における立証が難しく、責任追及が困難です。
これに対し、①秘密保持契約違反(債務不履行責任:民法415条)の場合、1)秘密保持契約の存在、2)相手方が秘密保持契約に違反した事実、以上の二つの証明を行います。債務不履行責任による損害賠償の請求には“債務者の帰責事由”については、契約の成立によって債務者は履行責任を負担するため、債務者側が主張すべき事実となり、原告にとっては主張立証がしやすい類型といえます。
このため、NDAにおいて損害賠償についても合意をしておくことが、後に万が一、相手方に対して責任追及をする場面において、有利に働くのです。

 

開示者側から見た損害賠償の範囲の定め方

開示者側から見た場合に、損害賠償の範囲は出来る限り広範囲に規定すべきところです。例えば、下記のような規定があったとします。

甲および乙は、本契約のいずれかに違反し相手方に損害を与えたときは、自らの責に帰すべき事由により発生した直接かつ通常の損害を相手方へ賠償しなければならない。ただし、逸失利益、間接損害、予見の有無を問わず特別損害は含まないものとする

このように規定されている場合には、逸失利益、間接損害、特別損害が一切担保されなくなるので、開示者側としては、上記の規定のうち、下線部分の削除を求めるべきでしょう。またこうした逸失利益や間接損害などの特別損害だけでなく、弁護士費用についても追記する場合も考えられます。

 

受領者側から見た損害賠償の範囲の定め方

受領者側から見た場合に、損害賠償の範囲は出来る限り限定的に規定すべきところです。上記の例が参考になります。さらに、損害賠償の金額に上限を設ける規定を盛り込むようにします。損害額の上限については、実務上は契約金額を上限とする旨規定する場合が多いです。また、損害額に上限を設けない場合であっても、責任を負担する場合を故意・重過失責任に限定し、軽過失を除外する方法もあります。

その他のレビューポイントについて

その他にも、NDAには、①秘密情報の破棄・返還について、②秘密情報の不正利用の差止について、③秘密保持義務の有効期間について、④準拠法や紛争解決についてなど、契約審査においてチェックすべきレビューポイントがあります。
①②③については、当事者間のビジネスで対象とする商品やサービスが先端的である場合には、情報の開示側としては、当該情報が陳腐化するまでの期間を想定し、それまでの間は厳しい条件を受領側に守らせるように交渉すべきことになります。
④については渉外取引の場合には重要な問題であり、準拠法と紛争解決を一体として機能するものとして捉え、紛争になった場合に対応コストを抑えて有利に解決できるように、紛争解決地の定めや仲裁合意などの要素を組み合わせつつ、交渉することが重要です。
最後に、特に注意すべき事項としては、NDAの条項の中に、知的財産権の帰属に関する規定が入っている場合です。本来的にはNDAにおいて規定する内容ではないのですが、意図的に、将来発生しうる知的財産権をいずれかの当事者に帰属するような記載がされている場合があります。知的財産権が相手方に帰属するような規定がある場合には、必ず契約書の記載内容の変更を求めましょう。そのまま締結してしまうと、後に知的財産権を回復することは困難であり、大変な損害になる可能性があります。

おわりに

新規ビジネスの現場において、企業は、秘密情報の扱いをめぐって日々戦いに直面し、時にはルールを逸脱した競争にもさらされます。例えば、共同研究のために研究パートナーに情報を開示したところ、その情報を第三者に提供されてしまったり、同業他社と共同で仕入れ・販売を行う業務提携を検討するために仕入先・販売先に関する情報を開示したところ、業務提携がうまくいかなくなった後に、情報を受領した側がこれを使用してビジネスを有利に進めてしまうことなどは、よくある事例です。
事前に契約審査の段階でこれらのリスクを検討し、NDAの条項に反映して締結しておけば、上記のような事態を抑止する力となり、万が一、相手方の違反によって損害を被っても損害賠償請求によって損害を回復することが可能になるため、NDAを締結する前に適切な契約書レビューをすることは、非常に重要です。
本稿が、秘密情報を扱い、最前線でビジネスを行う企業の皆様のお役に立つことができれば幸いです。
なお、本稿は多くの場合に共通する一般的な注意事項を説明したものであり、個別のケースについてその有効性を保証するものではありません。具体的な事案や契約書、契約審査や契約書レビューの方法についてご質問がありましたら、下記の弊所連絡先までお知らせください。事案に即した効果的なアドバイスをさせていただきます。

契約審査サービス

※本記事の記載内容は、2020年7月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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