海外の企業と取引をする場合、英文契約書が必要になることが多いと思います。英文契約書には、独自のルールや表現方法があり、単純に日本で使用している契約書を英訳しても、不十分となることが通常です。本稿では、英文契約書の基本的な内容、作成時の注意点について解説します。
英文契約書の基本となる英米契約法について理解しよう
世界の法律は大きく分けて、大陸法と英米法に分けられます。日本の法律は大陸法の法体系であり、英文契約書の基本となるのはもう一方の英米法となります。
英米契約法は日本の法律とどこが違うのか
アメリカ法は、イギリスの法制度を継受したものです。英米法と総称されるのはそのためです。イギリスの法体系は、コモンロー(Common Law)を起源としています。コモンローとは、個々の判例の積み重ねで法が形成される判例法主義に基づいているという特徴があります。
世界を2分するもう一つの法体系は、大陸法(Civil Law)と呼ばれるものです。ここで、大陸とは、イギリスから見たヨーロッパ大陸を指し、ローマ法を起源とする法体系です。大陸法の代表的な国としては、ドイツ、フランス、イタリアが挙げられます。この大陸法は、法律が成文化された制定法主義に基づいています。
日本の法律は、明治時代に民法典、刑法典といった基本法に大陸法の考え方を取り入れた歴史があります。そのため、基本的に大陸法系に属するとされています。しかし、終戦と同時に改正された憲法をはじめ、刑事訴訟法・独占禁止法・証券取引法(現金融商品取引法)など多くの法分野で、イギリス法を起源とするアメリカ法の影響を受けた立法や法改正が行われました。これらの歴史的背景から、日本の法制度は大陸法を基調としながらも、英米法の影響を受けたものになっています。
このように、日本の法律と英米契約法では、その成り立ちが異なります。そのため、英文契約書を作成する際には、日本で使用している契約書を単純に英語に翻訳するのではなく、英米法に基づいた契約書を作成する必要があるのです。
口頭証拠排除法則に注意
英米契約法には、フォーコーナーズ(Four Corners Rule)という、契約書上の条文が曖昧(ambiguous)でない限りは、契約締結にまつわる口頭での約束や覚書などを持ち出して主張することは認めない、すなわち契約書上に書かれた(four corners=書面)文言に従わなければならないという原則があります。その原則を踏襲したものが口頭証拠排除法則(Parol Evidence Rule)です。契約書に明文化されていない口頭での証拠などの事項は裁判の証拠から排除するという考え方です。そのため、英文契約法の法体系の下で契約書を作成した場合、日本の契約書では記載しないような詳細な内容まで記載されることも多く、簡単な契約でも契約書が膨大なページ数になることもよく見られます。
英文契約書に必要な4つの要件
ここからは、具体的な英文契約書の要件を見ていきましょう。
英米契約法において、契約書に法的な有効性を持たせるためには、以下の4つの要件をすべて満たす必要があります。
契約の合意(Agreement)
まず一つ目は、Agreement、日本語では契約当事者間の合意です。英文契約書では、契約締結の前提として契約における当事者間の合意が必要となります。
具体的には、当事者間においてサービスなどの「申込み(Offer)」をおこない、それを「承諾(Acceptance)」することで、契約の当事者間の合意(Agreement)が成立することになります。
契約能力(Capacity to Contract)
二つ目は、Capacity to Contract、日本語では契約能力です。つまり、有効に契約を締結するための法的能力がない者が締結した契約は無効になります。具体的には、未成年者や、企業間の場合は代表権限のない者などです。
合法性(No Defense)
三つ目は、No Defense、直訳すると抗弁事由のないこととなります。これは、前述の要件である当事者間の合意と契約能力があったとしても、契約書に詐欺や脅迫、公序良俗違反または公益を害する内容が含まれている場合は無効になることから、いったん成立した契約の効力を否定する事由がないことを意味します。
約因(Consideration)
最後に最も注意したいのが、Consideration、日本語では約因です。これは、当事者間の契約の合意に基づくサービス提供などの報酬として約束された「見返りとしての対価」という概念です。
英米契約法では、契約書に法的拘束力を持たせるためには、この約因が必要です。この要件が欠如してしまうと契約書自体が効果を持たないとても重要な部分です。約因には細かなルールが複数存在しますので、判断に迷う場合は、弁護士に相談することをお勧めします。
英文契約書の基本的なポイント
次に、英文契約書の基本的なポイントをご説明します。
基本構成を紹介
一般的な英文契約書は、以下のような構成で成り立っています。
・Title:表題・タイトル(契約書名)
・Premises:頭書(当事者の名前や住所など)
・Whereas clause:前文(契約に至る経緯)
・Definition:定義(契約書上における用語)
・Operative Provisions:本文(具体的な合意内容)
・General Provisions:一般条項
・Closing:結語(契約内容のまとめ)
・Signature:当事者署名
・Witness:立会人
・Exhibits:添付書類
ポイント1:タイトルは文書の上部中央
ここからは、英文契約書で日本の契約書と異なる4つのポイントについて解説します。
まず、タイトルについてですが、英文契約書では、タイトルは文書の上部中央に入れるのが一般的です。タイトルの内容については、日本語の契約書では、○○契約書のように、タイトル名が契約内容を踏まえたものですが、英文契約書では具体的な契約内容をタイトル上に表記せずにAgreement、Contractのようなシンプルなタイトルが使われることも多くあります。英文契約書のタイトルには、それ自体に法的効果はありませんが、日本の契約書と同様に、内容に沿ったタイトルにすることで、読み手に予測可能性を与えることができます。
ポイント2:契約当事者を記載してから前文を記入
英文契約書では、タイトルと前文の間に頭書がきます。頭書で記載する内容は、下記のようにできるだけ詳しく記載します。
・契約の発効日
・当事者名もしくは会社名
・当事者の住所もしくは所在地
・会社設立の準拠法
日本の契約書では契約当事者の住所や連絡先を、文書の最後の署名欄に持ってくるのが一般的ですが、このように英文契約書では冒頭に記載します。構成が大きく異なるので注意が必要です。
ポイント3:一般的な条項は具体的な条文の後に記載
英文契約書の条文は、契約内容を示した具体条項を定めた後に一般条項(General Provisions)を記載します。
一般条項とは、日本の契約書、英文契約書ともに共通してよく見られる条項ですが、英文契約書ではボイラープレート条項(Boilerplate Clauses)と呼ばれ、この一般情報が膨大になることも多いです。
ポイント4:サイン欄は締めの文章の後に
英文契約書では、サイン欄は日本語の契約書と同様に締めの文章の後に設けます。
署名欄にbyもしくはsignatureと記載されていれば英語でなくてもよく、nameもしくはprint nameと記載されていればプロック体の英語で署名する必要があります。また、アメリカやイギリス、その他の国など、実際に契約を締結する国によって日付の書き方や習慣が異なります。書き方等に問題がないか、詳細まで確認するようにしましょう。
英文契約書を作成する際の注意点
ここからは、英文契約書を作成する際の注意点について、詳しく説明します。
全ての合意内容を記載する
英文契約書では、合意内容の全てを漏れなく記載する必要があります。なぜなら、前述のとおり、裁判になった場合は契約書に書かれている内容以外のことは契約内容として認めないという原則があるからです。契約書上の記載に不足がないか、しっかりと確認しましょう。
曖昧な表現は使用しない
文化の違いから、表現方法によっては複数の解釈ができてしまう場合があります。曖昧な表現を使用していると、万が一裁判に発展した時に、適切な判断を下してもらえなくなる可能性があります。不利な解釈をされてしまう可能性を残さないためにも、明確な表現を心がけることが大切です。
契約違反や債務不履行時の対応を具体的に定める
英文契約書では、たとえ過失がなかったとしても契約違反や債務不履行が発生すれば損害賠償責任(Monetary damages)が発生する可能性がある点に注意する必要があります。そのため、過失がなかった場合の損害賠償請求についても、契約書に定める必要があるのです。契約違反や債務不履行時の補償の範囲(Indemnification)について定めていなければ、何か問題が発生した時に、損害賠償を支払ってもらうことができなくなる可能性があります。日本の契約書では一般的に、故意や過失がある場合にのみ加害者が責任を負う仕組みになっているため、その違いに注意しましょう。
また、英文契約書では、衡平法(Equity)、権利放棄(Waiver)、当事者対抗主義(Adversary trial principle)など、日本の契約書ではなじみのない概念も使われます。不明な点については弁護士に相談するなどして、理解してからサインするようにしましょう。
法律英語の表現に注意する
英文契約書では、日常の英会話とは異なる法律英語が多く使用されます。不可抗力を表すForce Majeour(フランス語)はよく知られています。また、古語が多いだけでなく、日常会話で使用される単語が特別の意味を持つこともあります。そのため、法律英語を知らずに英文契約書を作成すると、曖昧な表現になってしまったり、意図した内容が表現できていなかったりするなどの問題が起こってしまうこともあります。
以下に、英文契約書上でよく使われるラテン語のいくつかを挙げますのでご参照ください。
bona fide(本物の)
de facto(事実上の)
et al.(その他)
ex parte(一方当事者の)
in lieu(代わりに)
inter alia(とりわけ)
lex fori(準拠法)
mutatis mutandis(~に準用する)
pro rata(比例して)
prima facie(明白な)
おわりに
英文契約書では、日本の契約書とは異なる点がたくさんあります。そして、日本の契約よりも契約書上に記載される文言による縛りが強いことを知っておく必要があります。文化の異なる国の企業と契約する際には、日本では当然のこととして契約書に記載しないようなことでも、しっかりと条文として記載していくことが重要です。
本稿が、英文契約書を扱い、最前線でビジネスを行う企業の皆様のお役に立つことができれば幸いです。
なお、本稿は多くの場合に共通する一般的な注意事項を説明したものであり、個別のケースについてその有効性を保証するものではありません。具体的な事案や英文契約書、契約審査や契約書レビューの方法についてご質問がありましたら、下記の弊所連絡先までお知らせください。事案に即した効果的なアドバイスをさせていただきます。
※本稿の内容は、2020年12月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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