コンプライアンス

海外進出・海外展開:アメリカに就業規則はある?従業員ハンドブック(Employee Handbook)の重要性について

by 弁護士 小野智博

はじめに

従業員ハンドブック(Employee Handbook)は、ガイドライン、期待、および雇用条件を正式に示すだけでなく、何よりも、従業員からの申し立てや 訴訟に対する防御となりうるもので重要なツールです。ここでは企業が従業員ハンドブックを作成管理する上で気を付けておきたいポイントについて解説します。

米国に就業規則はある?

日本で言うところの就業規則は、米国では従業員ハンドブック(Employee Handbook)がそれにあたります。

従業員ハンドブックを作成することを義務付ける法律はありません。しかし、米国では、連邦及び州ごとに雇用労働法が定められており、とても複雑です。従業員ハンドブックは、それらに従っていることを示す最善の方法といえるでしょう。また、雇用者が従業員に期待すること、従業員が会社に期待することの双方を記載することで、雇用者と従業員間の重要なコミュニケーションツールと考えられています。海外進出をする際には、現地の法規制に合わせた内容で従業員ハンドブックを準備する必要があります。

従業員ハンドブックは、入社時のオリエンテーションの際に新しい従業員に配布します。ハンドブックには、差別禁止指針、会社方針、報酬、一般的な方針と手順、従業員給付、情報技術、離職、安全とセキュリティを含む重要な情報が含まれています。先述のとおり、米国では、連邦および州ごとに雇用労働法が定められていますので、現地の労働関連法令は必ず連邦法に加え州法も押さえておく必要があります。その点にも十分注意しましょう。

従業員ハンドブックとは?

従業員ハンドブックとは、米国の企業において従業員のガイドラインとなるもので、会社の就業規則やポリシーを記載しています。事業や従業員数などの規模に関わらず、すべての企業が従業員ハンドブックを作成し、全従業員に提供するとよいでしょう。

従業員ハンドブックには、会社全体に適用されるポリシーや就業規則が記載されています。このハンドブックは、企業内で作成されることもありますが、多くの企業は公正なドキュメント作成を目指し、弁護士やHRコンサルタントなどの第三者機関に委託しています。米国の雇用労働法は頻繁に変更されるため、最新の法律に準拠するために適宜内容の見直しが推奨されます。

ハンドブックの内容

ここでは、より充実した従業員ハンドブックを作成するため、含めるべき6つのポイントをご紹介します。

行動規範

行動規範は、従業員が倫理やコンプライアンスについて疑問を持ったときに、最初に目を通すべき箇所となります。どのように行動すべきかのロードマップであり、企業文化を物語るものとも言えます。

行動規範に盛り込むべき基本的な情報には、次のようなものがあります。

社員に対して、会社が定める行動規範についてすべてを明示する必要があります。従業員が会社から期待されることを明確にし、その期待に応えられない場合(違反行為があった場合)の処遇を定めておきましょう。

コミュニケーション・ポリシー

以前は明確なコミュニケーション・ポリシーはなくてもよかったかもしれませんが、現在の技術環境においては、これまで以上に重要な意味を持ちます。

従業員にノートパソコンや携帯電話などの端末を支給することはありますか?それらの機器が実際にどのように使用されているか把握していますか?ネットサーフィン、個人的な電話、写真の保存、友人へのメール、ソーシャルメディアへの投稿などのために、従業員が会社の機器を使用するケースはどのくらいあるでしょうか?

コミュニケーション・ポリシーには、機器の適切な使用と機器使用時の行動について、期待することを明示する必要があります。従業員は、会社の機器を使用する場合、会社の代表として行動するのだということを明確に理解しなければなりません。例えば、会社の機器を使用して誰かに嫌がらせのメールを送ると、解雇される可能性があることを説明します。

また、差別禁止、ハラスメント禁止、倫理規定などのその他の企業ポリシーが、あらゆる形態のコミュニケーションおよびあらゆる機器に適用されることも理解してもらう必要があります。

差別の禁止に関する方針

従業員に、、組織としていかなる差別やハラスメントも許さないということを示します。

米国では、1960年代の公民権運動によってもたらされた州法と連邦法が、仕事の質に直接関係しない要因による差別から従業員を保護しています。例えば、以下のようなものが該当しますが、必ずしもこれらに限定されるものではありません。

差別を禁止する法律は、Equal Employment Opportunity Commission(雇用機会均等委員会 https://www.eeoc.gov/)によって施行されています。

差別は、必ずしも露骨、または意図的に発生するものではありません。どんなに良いマネージャーでも、従業員を無意識のうちに差別してしまうことがあります。自社の方針を認識させ、反差別に関する監督者・指導者向けのトレーニングを実施しましょう。

報酬と福利厚生に関する方針

面接時に話した福利厚生を、従業員がすべて覚えているとは限りません。従業員ハンドブックを活用して、保険や休暇など、従業員の福利厚生について再確認しておくとよいでしょう。

もっとも、状況や福利厚生、方針が変われば、従業員ハンドブックを更新する必要があります。そのため、例えば、特定の保険会社やプランの選択肢を挙げずに、福利厚生や補償の理念の概要を説明することも可能です。また、具体的な昇給について触れずに、従業員の業績評価の頻度について概説するのもよいでしょう。

入社・退社時の方針

基本的な雇用条件と、従業員が退職する際にどのようなことが予想されるかを説明します。

承諾書

従業員がハンドブックの内容をすべて理解していることを確認し、理解したことを示す承諾書に署名することを義務付けましょう。コピーを2部作成します。1部は従業員に渡し、もう1部は電子文書でもいいので、雇用関係のファイルとして保管します。署名を得ておくことで、例えば解雇を巡って訴訟になった場合等に、就業規則および解雇規約を知らなかったとする従業員の主張を弱めることができるため、承諾書への署名は重要です。

ハンドブックを取り扱ううえでの注意事項

従業員ハンドブックを更新する頻度について、理想的には、州法または連邦法で要求されるポリシーが変更されるたびに更新する必要があります。これは、企業と従業員の両方を保護するために重要です。頻繁な更新が難しい場合でも、少なくとも年に一度、ハンドブックを更新することが推奨されます。

従業員ハンドブックを更新するためには、連邦法および州法が常に変化していることを認識し、最新の情報を入手することが重要です。労働省は約180の連邦雇用法を監督・執行しており、さらに、州法や地方法も考慮する必要があります。

海外展開・海外進出を検討される場合には専門家にご相談を

従業員には、雇用初期に最新版の従業員ハンドブックを提供することが重要であり、この従業員ハンドブックは、従業員に自分たちの権利と期待されることを理解してもらうための優れた手段となります。また、従業員ハンドブックを最新の状態に保つことで、従業員が会社の方針や従業員の権利について質問があるときに参照できる重要なリソースとなります。海外進出の際には、ビジネス慣習の違いから現地の従業員とトラブルが発生しがちです。明文化された従業員ハンドブックを準備することで、企業と従業員が同じ理解をし、将来的なトラブルを未然に防ぐことも期待できるでしょう。

従業員ハンドブックは、企業の業務に関連し、適用可能なポイントを適切に網羅することが重要です。例えば、製造業ではコミュニケーション・ポリシーに対するニーズは低いかもしれませんが、出張する従業員がいる場合は、出張にまつわる事項を詳細に記載する必要があります。また、ポリシーに加えて、従業員がポリシー違反を報告する際の連絡先についても明示しておく必要があります。

しっかりと更新され、従業員から署名を得た従業員ハンドブックは、万一従業員とのトラブルが訴訟に発展してしまった場合に、企業が法令を遵守し、従業員に規範を明示していたという証拠になる可能性があります。逆に法律や規制が変更されても長い間更新を怠っているような場合は、企業が法令を遵守していない証拠とされてしまうリスクもあります。従業員ハンドブックの作成、更新には、米国の雇用法等に精通した弁護士などの専門家のアドバイスを得ることをお勧めします。

ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。国際的な拡張計画に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。

※本稿の内容は、2023年2月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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