目次
はじめに
近年、インターネットの普及と国際物流の発展により、越境EC(電子商取引)ビジネスが急速に拡大しています。新たな市場への進出は、成長機会を提供する一方で、国内ビジネスとは異なる法的課題も発生します。特に、国を跨いだビジネス展開では、紛争解決方法について考慮する必要があります。
本記事では、越境ECビジネスの拡大に伴う法的課題の1つである、国際裁判管轄の問題について解説します。
越境ECビジネスにおいて紛争解決条項を定める必要性
越境ECビジネスにおける法的紛争の可能性
越境ECビジネスでは、日本とは異なる法律体系やビジネス習慣の違いによって、予期せぬトラブルや法的紛争の可能性が高まります。また、ECビジネスの特徴として、商品品質、契約履行、知的財産権など、様々な側面から紛争が生じる可能性があります。
こうした紛争が国境を跨いで発生した場合に、紛争解決方法について何も定めていないと、予期せぬ不利益を被る可能性があります。そうならないためにも、利用規約において紛争解決方法を定めておくことが重要となります。
越境ECビジネスにおける紛争解決方法としての裁判
トラブルが生じた際に、事業者と国外消費者との間で協議しても解決しない場合には、第三者に判断してもらうほかありません。第三者による紛争解決方法は、裁判、仲裁、調停の3種類がありますが、以下では、原則公開の法廷で裁判官によって審理される「裁判」を紛争解決手段として選択した場合の注意点や期待できる効果について説明します。
越境ECビジネスにおいて国際裁判管轄を定める際の注意点
国際裁判管轄とは
国内EC事業者が提供した商品やサービスに関する国外消費者との間の紛争のように、国境を超えた紛争をどの国の裁判所が裁判するのかという問題を「国際裁判管轄」の問題といいます。
国内EC事業者が、自社サイトの利用規約に「本規約及び本商品に関する一切の紛争は、東京地方裁判所を専属的管轄裁判所とする。」と記載したとしても、国境を超えた紛争を解決する方法としては必ずしも十分とはいえません。
国外消費者に向けて商品やサービスを提供する国内EC事業者は、消費者の保護に関する法制度が国によって異なる可能性があることを認識したうえで、以下の点について注意する必要があります。
国際裁判管轄の合意の法的拘束力
利用規約において「東京地方裁判所を専属的管轄裁判所とする。」旨定めていたとしても、国外消費者がその居住国の裁判所に提訴した場合には、同消費者の住所地の訴訟に関する法令に基づき裁判管轄権が認められるか否か判断されるため、国内EC事業者は裁判管轄に関する合意の効力を主張し得ない可能性があります。
逆に、国内EC事業者が上記の合意に基づいて日本の裁判所に提訴した場合であっても、民事訴訟法第3条の7第5項の規定により、国外消費者がこれに応訴し、かつ、管轄に関する合意を援用ない限り、合意に基づく管轄が認められない可能性があります。
勝訴判決の執行の問題
合意した管轄裁判所において、国内EC事業者を勝訴させる判決が確定したとしても、敗訴した消費者が判決に従わない場合には強制執行を検討することになります。同消費者の財産が日本国内に存在しない場合には、同消費者の居住国の裁判所に強制執行をしてもらう必要がありますが、「相互保証」の要件(民事訴訟法第118条4号)を満たさない場合には、その勝訴判決に基づいて外国で強制執行をすることはできません。つまり、消費者の居住国で強制執行する必要がある場合には、「東京地方裁判所を専属的管轄裁判所とする。」旨の定めは、ほとんど意味のない規定となる可能性があります。
訴訟抑止効果
上述のように、紛争解決の実効性という面ではあまり期待のできない国際裁判管轄条項ですが、利用規約において「東京地方裁判所を専属的管轄裁判所とする。」のような国際裁判管轄条項を設けることで、国外消費者側が訴訟を提起する際の物理的・法的な障壁を感じて、訴訟を諦めてくれる効果は期待することができます。つまり、商品やサービスについて何らかの問題があると考えている国外消費者がいる場合には、事実上の訴訟抑制効果を期待することができます。
その他の紛争解決手段として検討したい仲裁合意
仲裁とは
裁判による紛争解決の実効性に疑問がある場合には、仲裁条項を設けることが考えられます。仲裁は、裁判所に解決を求めるものではなく、当事者の合意によって選任された仲裁人の判断(仲裁判断)による解決を目指す、非公開の紛争解決方法です。
仲裁の特徴
- 仲裁判断の中立性
仲裁では、同種のサービスや業界に詳しい者を仲裁人として選任することができるため、仲裁判断の中立性や専門性を期待できます。 - 強制執行の容易さ
仲裁は、約160か国が加盟するニューヨーク条約によって、判決に相当する仲裁判断の執行力が担保されています。したがって、国外消費者の居住国がニューヨーク条約に加盟している場合には、仲裁手続に瑕疵があるような場合を除き、強制執行をすることについて問題が生じることは少ないといえます。 - 非公開審理による秘密保持
審問が原則非公開で行われるため、企業の秘密情報を守ることができます。 - 迅速な解決
一審限りで手続きが終了しますので、迅速な紛争解決を期待できます。
仲裁合意の注意点
仲裁合意がある場合においても、消費者は当該合意を解除することができます(仲裁法附則3条)ので、消費者によって仲裁合意が解除された場合には、仲裁合意がないものとして国際裁判管轄の問題が生じる可能性があります。
代表的な仲裁機関の紹介
- 国際商業会議所日本委員会(ICC Japan) http://www.iccjapan.org/
パリに本部事務局がある国際仲裁裁判所(ICC International Court of Arbitration)が仲裁機関となります。商業紛争の専門機関で、国際的な仲裁手続きを提供します。独立の仲裁人により異なる国籍や法的背景の当事者の紛争を解決し、国際商慣習や法を適用するのが特徴です。 - ICSID(国際投資紛争解決センター)https://icsid.worldbank.org/
国際的な投資紛争を解決するために設立された機関で、世界銀行グループに属しています。主に国と投資家間の紛争を扱い、国際投資法の適用を通じて解決を図ります。 - LCIA(ロンドン国際仲裁センター)https://www.lcia.org/
ロンドンを拠点とする国際仲裁機関で、商業紛争の解決を支援します。専門的な仲裁人を提供し、商業紛争に関する手続きを進行します。 - HKIAC(香港国際仲裁センター)https://www.hkiac.org/
香港を拠点とする国際仲裁機関で、アジア太平洋地域の商業紛争解決を支援します。国際的な法律と商習慣に基づく解決策を提供します。
これらは一部の国際仲裁機関の例ですが、他にもさまざまな国際仲裁機関が存在しますので、ビジネスの性質や地域に応じて、最適な国際仲裁機関を選ぶことが重要です。
まとめ:越境ECに関して専門家への相談をご検討ください
紛争解決条項は、紛争発生時にのみ適用される条項であるため、見落とさないよう注意が必要です。特に、越境ECビジネスを展開する際には、自国と相手国の法制度の違いによって想定とは異なる紛争処理となり、紛争解決費用が増大するなど潜在的に大きなリスクをはらむ規定といえます。
また、越境ECビジネスを展開しようとする事業者は、上述した内容以外にも「電子商取引における消費者保護(OECD勧告)」の趣旨に沿って、EC取引に関するトラブルの解決方法を定めておくことが大切です。
地域ごとの法的要件や国際的な法的慣習に通じた弁護士であれば、ビジネスの法的リスクを最小限に抑えるための指針を提供してくれます。つまり、国際ビジネスにおいては、異なる法的文化や国際法の知識を持つ専門家の助言を受けて、契約条項を構築することが不可欠だといえます。法的紛争に備えて十分な準備を行い、弁護士の協力を得ることで、安全な海外ビジネス展開を実現できるでしょう。
ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。国際的な拡張計画に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。
※本稿の内容は、2023年9月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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