目次
はじめに
日本政府は2022年11月、「スタートアップ育成5か年計画」において「戦後の創業期に次ぐ、第二の創業ブームを実現する。」と宣言し、日本の競争力強化のため、スタートアップ企業の海外展開を支援する施策を講じています。一方で、日本のスタートアップ企業のうち、海外展開を視野に入れて事業展開を行っている企業はまだ少なく、国内市場のみでの事業展開を考えている企業が多数を占めているのが現状です。
本記事では、日本のスタートアップ企業の現状を把握し、今後スタートアップ企業が海外進出を検討し、成功させるために、法的側面から注意すべきポイントについて解説します。
スタートアップ企業の海外進出動向
日本企業の現地法人数と従業者数の現状
経済産業省の調査によると、2022年度末における日本企業の現地法人数は24,415社です。そのうち製造業が10,433社(全体の42.7%)、非製造業が13,982社(57.3%)となっています。地域別に見ると、ASEAN10カ国の割合は拡大を続けていますが、中国の割合は減少しています。
現地法人の従業員数は、557万人で、前年度より2.1%減少しています。製造業の従業員数は2.7%減少、非製造業の従業員数は0.6%減少しました。地域別にみると、アジアと欧州の従業員数が減少している一方で、北米では増加しています。
(出典:経済産業省 第53回海外事業活動基本調査(2023年7月調査))
スタートアップ企業における海外進出の割合
日本政策金融公庫の調査によると、日本の中小企業の中で海外展開をしている企業は全体の18.0%にとどまり、「海外展開を行っておらず、関心もない」企業は71.3%に上ります。(出典:日本政策金融公庫 「中小企業の海外展開と国内回帰に関する調査」結果~「全国中小企業動向調査・中小企業編」 2023年1-3月期特別調査~)
また、2024年5月時点の世界のユニコーン企業(評価額が10憶ドル以上、設立10年以内、非上場のスタートアップ企業)は1,242社で、評価額総額は約3兆9,210億ドルですが、うち日本は8社、約100億ドルに留まっています。国別ユニコーン企業数トップの米国は666社、約2兆1,860億ドル、2位の中国は167社、約6,370億ドルとなっています。(出典:CB Insights「The Complete List Of Unicorn Companies」)
海外のユニコーン企業は、設立当初から海外展開を見据えて事業展開を行っている企業が多いと言われています。日本のスタートアップ企業が、ユニコーン企業として活躍するためには、日本国内に留まらず、グローバルなサービス展開を実現することがひとつの大きなポイントとなるでしょう。
これらのデータから、日本におけるユニコーン企業の数が世界と比較して少なく、スタートアップ企業の海外市場への進出が加速化しているとはいいがたい状況であることがうかがえます。一方で、前述の「スタートアップ育成5か年計画」において、「ユニコーン企業を将来的に100社に増やすこと」「2027年度にスタートアップ企業への投資額を、現在の10倍を超える10兆円規模にまで増やすこと」が目標に掲げられていることにも表れているように、海外展開には大きなビジネスチャンスがあると言えるでしょう。
海外進出に成功しているスタートアップ企業の例
次に、実際に海外進出を果たした日本のスタートアップ企業の実績・展開内容を見てみましょう。
キャディ株式会社
キャディ株式会社は、製造業のサプライチェーンを刷新するための技術とサービスを提供するスタートアップ企業です。同社は、調達・製造のワンストップサービスである「CADDi MANUFACTURING」、及び製造図面のデータ活用システムである「CADDi DRAWER」という二つの柱となる事業を展開しており、特にデジタル化と効率化を追求し、製造業の業務プロセスを大幅に改善することを目指しています。
同社は創業5年弱となる2022年には、海外市場への積極的な進出を開始し、タイとベトナムに現地法人を設立しました。これにより、アジア市場でのサプライパートナーネットワークを強化し、地域内でのサービス提供能力を高めています。さらに、2023年には米国市場にも進出し、イリノイ州に現地法人を設立。アメリカでの事業開始は、北米市場におけるビジネスチャンスの拡大と技術力の国際的な認知を図る重要な一歩です。
(参考:キャディ株式会社ウェブサイト https://caddi.com/)
株式会社OUI
株式会社OUIは、革新的なスマホアタッチメント型眼科医療機器「SEC (Smart Eye Camera)」を開発し、開発途上国や新興国での予防可能な失明の根絶を目指しています。このSmart Eye Cameraは、高価な大型医療機器が不足している地域で、スマートフォンのカメラとライトを利用して眼科診察を可能にする点が特徴です。
OUIの製品は、開発当初から国際市場を意識して設計されており、ベトナムをはじめ、東南アジア諸国を中心に開発途上国で注目を集めています。2022年にはカンボジアで児童向けの眼科検診等を実施、インドネシアでは離島地域等への遠隔診療につなげるため、国立大学医学部と共同研究のMOU(合意文書)を取り交わす等、海外市場での製品普及を図っています。同社の取り組みは、地域コミュニティの健康増進に寄与するとともに、地域医療機関の診断能力を向上させることを目指しています。
(参考:株式会社OUIウェブサイト https://ouiinc.jp/)
株式会社ACSL
株式会社ACSLは、世界中でドローンの開発が過熱する中、ドローン専業メーカーとして世界で初めての新規上場を果たした企業であり、高度な技術と革新的な製品で知られています。創業は2013年11月、上場は2018年12月です。同社は、2023年にカリフォルニア州に子会社「ACSL, Inc.」を設立し、アメリカ市場への本格的な進出を果たしました。また、インドに合弁会社を立ち上げるなど、アジア市場への進出も積極的に行っています。
(参考:株式会社ACSLウェブサイト https://www.acsl.co.jp/)
スタートアップ企業が海外進出を検討する際に確認すべきポイント
それでは、日本のスタートアップ企業が海外展開するために注意すべきポイントについて、法的側面を中心に見ていきましょう。
現地の法規制
スタートアップ企業が海外市場に進出する際には、現地の法規制を理解し、遵守することが極めて重要です。国ごとに、企業運営、製品の販売、サービスの提供に適用される法律が異なるため、これらを事前に調査し、適切な対策を講じることが求められます。
例えば、環境法規制、労働法、データ保護法、輸出入規制、税法など、多岐にわたる法令が関係します。特に、データ保護法はEUのGDPR(一般データ保護規則)のように、地域によっては非常に厳格で、遵守を怠った場合、大きな罰金や事業活動への影響を招く可能性があります。また、特定の産業に特有の規制が存在する場合、それに適応するための技術的、及び組織的変更が必要になることもあります。
これらの規制を遵守することは、現地でのビジネスライセンスの取得、事業運営の合法性、そして現地市場での企業イメージと信頼性を維持するために必要不可欠です。適切な法的アドバイスを受け、現地の法律専門家と協力し、リーガルリスクを最小限に抑えることが成功の鍵となります。
日本国内の法令との違いの確認
海外進出を考える日本のスタートアップ企業は、日本の法令と現地の法令との違いを正確に理解する必要があります。
日本企業は、厳格な商慣習、労働法、独占禁止法などに精通している傾向にありますが、これらの法律や規則は国によっては日本の法令と大きく異なる場合があります。例えば、アメリカでは独占禁止法に基づき取り締まりが厳格化している傾向にあり、中国では特徴的な規定を持つサイバーセキュリティ法が存在します。日本の法律と現地の法律との違いを理解しないまま海外進出すると、罰金や事業活動の停止といった深刻な結果を招くことになりかねません。
海外進出を検討するスタートアップ企業は、事前に日本と現地の法律の違いを把握し、対応策を講じる必要があります。具体的には、法律顧問の雇用、現地での法律研修、適切なコンプライアンスプログラムの設計と実施が求められます。これにより、現地での法律違反のリスクを減少させ、企業の持続可能な成長が期待できます。
契約書の作成
海外進出を計画する際、契約書の作成は非常に重要なポイントです。契約書は、取引条件、責任範囲、紛争解決の方法などを明確に定義することで、企業間の法的約束として機能します。したがって、契約書を作成する際は、各国の法律に適合していることに留意する必要があります。
また、言語の選択、法律用語の正確さ、契約の執行可能性を担保するための検討が必要になるとともに、知的財産権の保護、機密保持、リスク分担の条項などについてはより厳密に規定する必要があります。特に国際契約においては、異なる法域間での法的解釈の違いや紛争発生時の裁判所の管轄権を明確にすることも重要です。
企業は、専門家に法的アドバイスを求めることで、契約書作成にあたり検討すべき課題を解決することが可能となり、法的トラブルのリスクを最小限に抑えることができます。
その他(法的側面以外)の重要なポイント
海外市場への進出は法的側面のみならず、市場の特定、及び現地の文化への対応等、さまざまな視点からの事前準備と戦略的なアプローチが重要であり、例えば以下で挙げるようなポイントについては必ず検討が必要です。
- メイン市場の選定: 市場を選ぶ際には、人口統計、市場の成熟度、競争状況、消費者の好みなど、詳細な市場分析が重要です。明確なターゲット市場を設定することで、製品やサービスのポジショニングやマーケティング戦略を効果的に計画できます。
- 販売プロセスの構築: 効率的な販売プロセスを構築することは、新しい市場で速やかに事業展開し、持続的な成長を実現するために不可欠です。販売プロセスは、現地の市場の特性に合わせて柔軟に調整する必要があります。
- 文化的適応: 異文化の理解は、マーケティング戦略の設計、ビジネス交渉の方法等に大きく影響します。文化的な差異を理解し、尊重することで、市場への適合性を高めることができます。
- チームの構築: 海外進出成功のためには、多様なスキルと経験を持つチームが必要です。現地の市場知識、言語能力、法的な専門知識を持つチームメンバーの選定は、事業の成功を大きく左右します。
- サポート体制の整備: 海外市場での事業展開には、法律顧問や市場分析の専門家、ビジネスコンサルタントを含む現地でのパートナーやアドバイザーのサポートが不可欠です。適切なサポート体制を整えることで、予期せぬ事態に迅速に対応し、適切なリスク管理が可能となります。
海外進出を検討中のスタートアップ企業はお気軽にご相談ください
海外市場への進出はスタートアップ企業にとって大きなチャンスであると同時に、さまざまなリスクも伴うため、多角的な視点からの準備と対策が必要です。ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお気軽にお問合せください。
※本稿の内容は、2024年8月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所
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