販路開拓

海外進出・海外展開:オンライン小売業界のbot買い占めを取りしまる法案がアメリカ合衆国議会に提出|EC業界や顧客に与える影響とは?

by 弁護士 小野智博

はじめに

高額商品や限定商品、人気アーティスト等のチケット、あるいは福袋などの特売商品について、転売目的で購入を行い、定価より高く転売するというケースが増えています。特に最近では、botを悪用した大量購入のケースも頻繁に生じ、問題となっています。転売で商品の価格が異常に上がると、本当に欲しい人、必要な人が手に入れられなくなり、販売者としても顧客からの不信感の発生やそれに伴う顧客離れのリスクが生じます。
この度、オンラインストアでの買い占めを禁止する「Stopping Grinch Bots Act of 2018(グリンチボット禁止法)」がアメリカ合衆国議会に提案されたことが明らかになりました。

本記事では、グリンチボット禁止法の背景や規制内容について説明するとともに、グリンチボット禁止法が業界に与える影響について見ていきます。

 

botの現状とは?

botとは、人間に代わって作業を行うコンピュータープログラムのことであり、現在では様々な場面で利用されています。アメリカではEコマース業界で特に広く活用されており、例えばチャットbot機能は消費者の利便性向上に役立っています。一方で、botを悪用する事案もあります。Eコマース業界で特に問題となっているのが、botにより人気商品を大量購入した上で、高値で転売している現状です。

例えば、限定品の玩具や最新のファッショングッズは、需要が高く、高いお金を出しても手に入れたい消費者が多くいます。ここに目を付けた悪徳業者が自動botを利用して、需要の高い商品を大量買いするのです。販売者側は人気商品に対して個数制限を設けていることも多いですが、botは個数制限を回避して購入していくのです。最新の調査によると、インターネットの全アクティビティの約30%が、悪意のあるbotによるものだという報告もあります。

商品を購入する手続の中で、全てのbotを制限すればよいのではないかと思われる方もいるかもしれません。しかし、消費者にとって購入しやすいWebサイト作りは、オンライン販売において非常に重要であり、botを排除するための機能が、Webサイトのユーザビリティを低下させ、本来大切にすべき顧客離れを招いてしまっては元も子もありません。また、日々巧妙化するbotを排除する試みは一筋縄ではいかず、悪意のあるbotと誤認して正当な顧客をブロックする可能性もあるのです。

 

法案の内容(BOT法との比較)

アメリカではbotによるチケットの大量購入・転売を禁止する法律「Better Online Ticket Sales Act of 2016(BOTS法)」が2016年に既に成立しています。しかし、このBOTS法はチケットの販売にのみ適用されるため、Eコマース業界全体に蔓延するbotの脅威を回避するには不十分でした。

今回、チャック・シューマー上院議員が中心となって、BOTS Actの対象をオンライン小売サイト全体に拡大させた、通称「グリンチボット禁止法」がアメリカ合衆国議会に提案されました。グリンチというのはアメリカで有名な絵本の主人公であり、この絵本ではクリスマスが大嫌いな、いじわるグリンチがすべての「クリスマス」を盗もうとするというストーリが展開されます。転売目的で人気のおもちゃを買い占めるのに使われるbotを、このグリンチに例え「グリンチボット禁止法」と名付けたのです。この法案では、対象となる商品の種類を限定することなく、オンラインストアが設定した販売個数の制限を迂回する行為と、それにより取得したすべての商品の転売を禁じています。

なお、本法案の正式名称は「A bill to prohibit the circumvention of control measures used by Internet retailers to ensure equitable consumer access to products、and for other purposes(インターネット小売業者が製品への公平な消費者アクセスを確保するなどの目的で使用する規制措置の迂回を禁止する法案)」となっています。

 

「グリンチボット禁止法」のその後

「グリンチボット禁止法」は、アメリカの上院および下院の委員会又は小委員会に付託されていますが、現時点では成立していません(Congress.gov:https://www.congress.gov/bill/117th-congress/senate-bill/3276/actions , https://www.congress.gov/bill/117th-congress/house-bill/6096/all-actions?overview=closed&s=2&r=9&q=%7B%22search%22%3A%5B%22bot%22%5D%7D#tabs )。
この法案は、コンシューマー・リポート、アメリカ消費者連合(CFA)、全米消費者連盟(NCL)の3団体が強い支持を表明しており、また、ニューヨーク州のポール・D・トンコ下院議員は、連邦取引委員会(FTC)のリナ・カーン委員長に宛てて、消費者と事業者をグリンチボットから保護するための措置を取るようFTCに要請しています(Paul D. Tonko:https://tonko.house.gov/news/documentsingle.aspx?DocumentID=3744 )。

「グリンチボット禁止法」の審議が進展しない理由はいくつか考えられます。
一つは、法案がホリデーシーズンなどの季節的な問題と見なされ、政府の他の重要な問題や法案と比較して優先度が低くなっている可能性です(CPO MAGAZINE: https://www.cpomagazine.com/cyber-security/us-legislators-look-to-stop-grinch-bots-from-ruining-the-holidays/ )。また、業界団体や利益関係者の無関心や反対も、法案の可決に時間がかかる要因となっていることが考えられます(LUNIO: https://lunio.ai/blog/ad-fraud/grinch-bots/ )。

さらに、法案が直面する重要な問題として、管轄権の問題が挙げられます。例えば、グリンチボットの運営者が海外に存在する場合、アメリカの法律の適用が困難であることが考えられます。グリンチボットの防止には、主にAmazonやeBayなどのプラットフォームに法的な圧力をかける必要があると考えますが、これらのオンラインマーケットプレイスは国際的な規模で運営されており、各国の法的手続きに従うことは、複雑で時間がかかる可能性があります。(digitaltrend: https://www.digitaltrends.com/computing/grinch-bots-bill-will-not-solve-gpu-shortage/ )。

また、急速に進化するボット技術に、法的枠組みが対応していない可能性もあります。新しい法案を作成する際には、技術の変化に対応する法的枠組みの構築が必要であり、これには法律の専門家の協力が不可欠です。

これらの要因が組み合わさることで、「グリンチボット禁止法」の可決には困難が伴っていると考えらえます。ただし、将来的には、メディアの関心や消費者の意識の高まりなど、外部の要素の変化によって、法案可決の可能性も出てくるかもしれません。

 

イギリスでの法規制の動きは?

アメリカ以外においても、botによる転売行為は問題視されており、イギリスでは、2017 年に「デジタル経済法(Digital Economy Act 2017 )」が成立しています。この法律は、一部のイベントチケットに対して、購入の全部又は一部が電子通信ネットワーク又は電子通信サービスを通じて行われる場合、購入枚数の上限を設ける規制を導入しています。しかしながらこの法律は、一般的な商品の転売に対する直接的な禁止規定を含むものではありません(legislation.gov.uk: https://www.legislation.gov.uk/ukpga/2017/30/contents/enacted )。

また、「ゲームハードウェア(自動購入および再販)(No.2)法案 2019-21(Gaming Hardware (Automated Purchase and Resale) (No. 2) Bill 2019-21)」と名付けられた法案が、2021 年、スコットランド国民党のダグラス・チャップマン議員によって下院に提出されています(Parallel Parliament:https://www.parallelparliament.co.uk/bills/2019-21/gaminghardwareautomatedpurchaseandresaleno2 )。同法案は、ゲームコンソールとコンピューターコンポーネントの自動購入による再販を禁止することを目的とするものですが、審議は停滞しており、今後の審議については今のところ予定されていません(UK Parliament: https://edm.parliament.uk/early-day-motion/59221 )。

 

海外進出・海外展開への影響

今回提案されたグリンチボット禁止法の最大のポイントは、自動botで購入したすべての商品について再販を違法にするという点です。つまり、悪意のある行為(高値での転売)を根本的に阻止する内容となっており、Eコマース業界が悪徳利用者に対抗するための強力な武器となり得ます。
近年、日本の小売業の海外展開が加速しています。この背景には国内消費市場の停滞という背景があり、それゆえに従来国内でのみ事業展開をしていた日本企業が、市場拡大のため海外市場へ目を向けているのです。そこで、注目されるのがEコマースです。Eコマースを上手く使えば、設備投資など最小限に抑えた上で、広い市場を自社の対象市場とすることが可能となります。

ただし、海外市場は国内市場と異なる点も多く、実際に海外進出する際には、転売やbot関連の規制や法律に対処しなければならない可能性があります。日本企業は、展開先の国や地域の規制や法律を事前に調査し、その土地のルールや特性を十分理解しておく必要があります。また、今回のグリンチボット禁止法のように、事業展開の上でプラスになる情報も併せて収集し、把握しておくと良いでしょう。さらに、ルールが未整備の新しい事業分野においては、ルール整備の動きに注意を払うことが特に重要です。

 

※本記事の記載内容は、執筆日現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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