目次
はじめに
近年、民間資格ビジネスが脚光を浴びています。民間資格とは、民間団体や企業が独自の審査基準を設けて任意で認定する資格のことであり、例えばマイクロソフト オフィス スペシャリスト(MOS)や日商簿記検定、TOEICなどは広く認知されているものです。また、従業員が保有するスキルの判定を行い、人材開発計画や社員育成など社内の組織活性化のための施策として、各企業が社内で独自の資格制度を導入することもが多くなっています。
ワシントン州シアトルのコンサルティング会社であるFutureWorksの社長であるBrianBosworth氏は、次のように認定資格の価値について述べています。「経済成長の低下が懸念されている米国では、労働力の学歴や知識の低下に直面しています。景気が悪化すれば、大学を卒業したということだけでは仕事を得ることも難しくなってしまうかもしれません。このような状況の中、多くの個人にとって、学位だけではなく、具体的な職業に焦点を合わせた学習プログラムの完了を示す証明書を取得することは大きなメリットとなります。」
Institute for College Access and Successによると、学士号取得後に、学士号とは別の証明書を保持している人の数は2005年以降50%以上増加しており、その数は増え続けているということです。
即戦力となる人材を求める組織にとって、認定資格は歓迎できるものです。最新のツールやテクノロジーに熟練した人材を求めている際に、認定資格の有無で企業はその人物のスキルを客観的に測ることができるのです。また、認定資格の取得を社内評価に利用することで、既存の従業員のを継続的なスキルアップを支援することもできます。
様々な新しい技術やツールが発達する現在社会では、それらを効果的にトレーニングあるいは判断できる手段として認定資格の需要が高まっているともいえるでしょう。
ここでは、アメリカで認定資格を新しく設立する際の基本的な手順について紹介していきます。日本企業が海外進出する際に、現地法人の社内研修として活用したい場合や、自社の新しいツールなどの理解度を一般向けに認定する制度を作りたい場合などに参考にしていただけましたら幸いです。
組織の設立
認定資格を設立する際には、それを取りまとめる組織が不可欠です。認定資格を運営する組織を設立するところから始める必要があります。
日本では公益法人(財団法人、社団法人など)、学校法人、宗教法人、社会福祉法人などの分野別の非営利的法人制度および、そこに当てはまらない市民活動団体の法人制度としてNPO法人制度が存在しています。一方で、アメリカではそこまで組織の種類が分類されておらず、法人格の有無と営利目的の有無によって大きく3つにわけることができます。1つ目がunincorporated associationなどと呼ばれる法人格のない任意団体、2つ目がNPO法人(nonprofit corporation)という営利目的のない法人、3つ目が営利目的の法人(corporation)です。
The Center for Association Leadershipによると、民間資格を運営するほとんどの協会は法人化された非営利団体(NPO法人)となっているということです。条件をクリアしたNPO法人では、アメリカ合衆国内国歳入庁(Internal Revenue Service:IRS)に非課税適格法人資格の申請をすることで、税制の優遇を受けられるようになります。具体的には、連邦税法501条c項3条に分類される、宗教・慈善・科学・公共の安全・文学・教育・アマチュアスポーツ振興・児童及び動物虐待防止の目的をもった団体では、設立したNPO法人の本来の目的事業による収入は、営利活動に伴う収入であっても法人税が非課税となるのです。
認定の種類
民間の認定資格としては以下のような種類があります。
内部認証:個人が働く会社によって提供される認証であり、一般的に組織外では無効です。従業員のトレーニングやスキルアップ、およびリーダーシップ開発イニシアチブの一環として利用されます。
外部認証:民間の認証機関によって提供される認証であり、特定の業界または特定の職業での使用に有効です。例えば、ソフトウェア関連ではSAAS認定、Oracle認定、Microsoft認定などが有名です。
業界認定:国際的な専門機関・業界団体によって提供される認定であり、一定の基準が遵守されていることの証明としてを世界中のどこでも使用できます。
教育認定:大学およびサードパーティベンダーから提供されるものであり、会計、看護、食品安全などの分野ごとに一定の教育課程を修了したことを示すものです。
企業が独自の認定制度を立ち上げる際には、内部認定あるいは外部認定となるでしょう。
認定プログラムの具体的な作成手順
内部認証であろうと外部認証であろうと、認証プログラムの作成には時間もお金もかかるものです。時間とコストのかかる骨の折れるプロセスです。ここでは認定プログラムの作成手順をひとつずつ見ていきましょう。
認定資格設立の目的を明確にする
新たに民間資格を設立することで、企業にとってどのようなメリットが有るのか明確にします。資格ビジネスとして収益化を目指す、社員のスキルアップトレーニングとして資格制度を設けるなど様々なものが考えられます。また、既存の認定資格との差別化についても初期の段階で十分に検討しておく必要があります。
法人や商標の登録手続き
外部資格の場合には新たな法人として運営組織を設けることもあるでしょう。その場合、一般的な会社設立の手続きが必要です。また、民間資格の名称を商標登録する必要もあります。社内の法務部門で対応しても良いですが、これらの分野に特化した弁護士に依頼するとスムーズにことが進むことが多いです。特に、海外での手続きに不慣れな場合には、弁護士に登録するのが吉といえます。
資格制度基本体系を設計する
次の手順として、認定対象となるスキル要件を洗い出し、具体的な試験内容について考えていきます。まずは出題領域を大分類、中分類、小分類ごとにわけた上で、各領域内で問う必要のあるスキル項目、知識項目などを具体的に挙げていきます。そして、各問をどのような形式(マーク式・記述式・口頭・実技など)で出題・回答するのかについて決めるのです。近年主流となっており、一番労力が少ないのはオンライン上でマーク式あるいは記述式の筆記試験を実施することでしょう。しかし、認定したいスキルや知識の性質によっては対面式でその場で試験を実施する必要もあるかもしれません。問題が定まったあとは、合否判定の基準を決定します。その他、試験の頻度や開催時期についても考えておく必要がります。社内認定の場合には、認定取得後の扱いについても具体的に定めておくと良いでしょう。例えば、資格取得に対するインセンティブ、資格給、昇給・昇格基準についてなどです。
資格認定試験の運営について決める
試験問題の内容が決まった後は、運営面での準備をすすめる必要があります。試験開催の案内をどのようにして広報するか、受験申し込みの方法や管理、試験陽日の監督体制、採点は誰がいつどのように行うのか、合否の連絡方法、認定証明書の発行など、一つ一つを具体的に決めていきます。ここの運営部分では、必要に応じてアウトソーシングをするなどして、自社の労力配分を調整すると良いでしょう。
資格制度のメンテナンス
認定資格というものは一度作成すればそれで終わりというものではありません。受験者の正答率や、社会状況の変化に応じて、旬でタイムリーな内容となるように、常にアップデートしていく必要があるのです。
認定資格を設立する上で法務上注意したいこと
認定資格の内容そのものにを規定する法律はありませんが、法人の設立の際には認定資格の種類に応じた適切なカテゴリを選択・申請する必要があります。また、法人として納税者番号の取得や期日に合わせた政府・州に対する納税も必須です。この部分にルール違反や漏れがあると、多額の罰金などを課される恐れがあるので、注意が必要です。
また、米国連邦取引委員会法(FTC法)第5条では、「商取引におけるまたはそれに影響を及ぼす不公正または欺瞞的な行為または実務」が禁止されています。資格ビジネスとして認定資格の収益化を目指している場合には、過大広告となっていないか、内容に不適切な点がないかなどにも気をつける必要があるでしょう。
さらに、資格試験の運営の際には受験者の個人情報の収集は不可避です。現在、アメリカ国内では個人情報取り扱いに関する規制が厳格化されており、さらにカリフォルニア州消費者プライバシー法(California Consumer Privacy Act:CCPA)のように州ごとに独自のルールが存在しています。個人情報の取り扱い違反は、企業への訴訟問題に発展しやすい領域でもありますので、受験者情報の取り扱いには十分注意する必要があります。
海外進出・海外展開への影響
日本企業が海外進出を行う際に、現地で適切な人材を確保することは簡単ではありません。特に即戦力を見つけたい場合に、自社で求めているスキルや知識を持っているかどうかを判断できるかどうかは大きな課題です。そのような状況下で、自社の認定資格制度があれば、人材の評価として有効利用することも可能でしょう。また、日本企業には世界に誇る技術力を持っています。これらの技術を認定資格として落とし込み、資格ビジネスとして海外展開をすれば、実力主義のアメリカで注目を浴びる可能性もあるのです。
しかし、新しい事業を立ち上げる際には法務面で様々なルールが関与してきます。アメリカでは、規範意識の不足故に、大きな罰則や多額の損害賠償を求められることは珍しいことではありません。手続きや運営面で法を遵守できているかどうかには十分注意が必要です。ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。
※本稿の内容は、2020年10月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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