現地法人運営

海外進出・海外展開:海外現地法人に人材を派遣する際注意すべきポイント

by 弁護士 小野智博

はじめに

近年グローバル化が進み、海外進出・海外展開する日本企業も増えています。海外でも事業を行う場合には、日本の従業員を海外勤務させたり、現地で人材を採用したりすることになります。また、海外拠点から日本国内の事業所に外国人を従業員として呼び寄せるケースも考えられます。しかし、国をまたいだ人材派遣は、日本国内で日本人の従業員を雇用するよりも複雑な手続きを必要とします。また、現地での人材の採用は、日本国内の採用とは手はずが異なる点も多いでしょう。

本記事では、海外現地法人を設立する際の人材確保、なかでは特に日本からの人材派遣について、注意すべき点を解説していきます。

 

海外進出・展開の際の人材確保のポイント

海外現地で採用

海外の事業所で従業員を雇用するには、まず会社を正式に登録することから始まります。米国の場合、従業員を雇用するためには、IRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)のEmployer Identification Number (EIN)と、州税IDが必要となります。また、従業員のセキュリティと安全性を確保するために、失業、労働者の補償と一般的な責任をカバーするための事業保険への加入を求められることもあります。

会社として従業員を迎え入れる準備が整ったら、どのような業務を担う人材を求めているのかを明確に示した業務内容説明書を作成します。具体的には以下のような内容を含めると良いでしょう。

近年は、日本企業においても企業文化について言及することが増えてきましたが、海外では企業文化がより重視される傾向にあります。新しく従業員を迎えるときに、単なるスキルや資格ベースで考えるのではなく、会社という組織の構成員として企業風土にあっているのか、企業の成長に寄与してくれるエネルギーがあるのかを見極めることになります。

ただし「企業文化に合っている」というのは、既存の従業員と全く同じような人を探すというわけではありません。組織に欠けている要素を追加してくれる候補者を探すことで、企業としての成長につなげていくことが大切です。

海外拠点において初めて現地の人材を採用する際には、どのように候補者にリーチするのかが特に難しい問題となります。当面は非常に小規模なチームになることが予想される場合は、身近なネットワークから始めても良いでしょう。ただし、採用の方法や場所を限定すると、例えば米国であれば、労働者を守る雇用機会均等法(EEO)違反になる可能性があることにも留意する必要があります。

また、求人・求職サイトや人材紹介会社は、より多くの求職者にアプローチできる方法ですが、多くの人材にリーチするほどコストも嵩みます。採用プロセスにもたらされる潜在的な利益とコストとのバランスを考えてうまく活用すると良いでしょう。

応募を得たあとの採用プロセスでは、電話での一次面接、面接、スキルテストなどを行います。ここでは、採用の判断に偏見や差別を持ち込むことのないように気をつけます。

例えば米国では、候補者の人種、肌の色、宗教、性自認、性的指向、妊娠や子育て、国籍、年齢(アメリカでは40歳以上に対する年齢差別が厳しく規制されています)、遺伝情報などを直接尋ねることはできません。また、家庭生活、出身地、大学卒業時期など、候補者が上記の情報を明らかにせざるを得ない質問も避けるべきでしょう。あくまでも、職務要件と候補者の職務経験に限定してスクリーニングを進めていきます。

採用プロセスで最適な候補者を絞り込んだら、オファーを出しましょう。

日本から海外現地法人に派遣・出向

日本から海外現地法人に従業員を派遣・出向させる際には、派遣先の国の法律に従って手続きを行う必要があります。日本から海外に短期滞在する目的であればビザを免除している国も多くありますが、そのままでは現地で仕事をすることはできません。別途就労ビザを取得する必要がありますので、各国の公式情報を確認し、必要な手続きを行うようにしてください。

なお、日本から海外現地法人に派遣・出向させる場合には、現地企業の雇用主がスポンサーとなってビザを取得する必要がありますが、これにはかなりの時間と費用がかかります。

例えば、米国で従業員の就労ビザ申請のスポンサーとなる際には、以下のような流れとなり、数ヶ月単位の準備期間が必要となります。

ただし、日本からのリモートワークで海外現地企業のサポートをする場合には就労ビザ取得を心配する必要はありません。米国の就労ビザは、労働者が米国に居住している場合、または米国内で業務を遂行する場合にのみ必要となります。

つまり、日本在住のまま、リモートワーカーとして米国の現地企業で働く場合には、米国の雇用法は適用されません。

次項では、日本から海外現地法人に従業員を派遣・出向させる際の注意点について、もう少し詳しく見ていきましょう。

 

日本から海外現地法人に派遣・出向する際の注意点

雇用主側が行うべき手続き

海外駐在員とは、日本企業や外資系企業の日本法人に在籍し、会社の命令で海外拠点に派遣される人のことをいいます。海外駐在員は日本で採用され、海外に赴任しているため、勤務地が海外であっても、雇用主は日本の国内企業ということになります。求職者が現地企業に直接雇用される現地採用とは、この点で大きく異なります。

日本から海外現地法人に従業員を派遣・出向させる場合、雇用主側は様々な準備を行う必要があります。例えば、以下のような手続きが必要となるでしょう。

この中でも、給与計算方式は日本での就業時と、海外への派遣時とで大きく異なってきます。例えば、日本で勤務する場合、給与は総額で決められることが多く、その中から所得税、住民税や社会保険料が控除(給与から天引)されることになります。

一方で、海外に駐在し、現地通貨で給与が支払われる場合、国によって税制や社会保険料率が異なるため、支給総額で決めると、日本にいたときよりも手取額が減ってしまう可能性があります。そのため、海外駐在者においては、まず手取額を設定し、その手取額から税金、社会保険料を逆算して計算する「グロスアップ計算」が多く採用されています。

雇用主としては海外赴任によって従業員に不利益が発生することがないよう、適切な給与設計を行うことが必要となります。海外赴任に伴う不利益を補填し、従業員のモチベーションを維持することを目的として、海外勤務手当の追加を検討してみても良いでしょう。

海外現地で取得が必要なビザ等

日本から海外に行く場合、国によってはビザ免除プログラムにより、入国時のビザが不要なこともよくあります。しかし、これは短期滞在の場合であり、海外現地法人に派遣・出向するような就労目的の渡航であれば、別途就労内容に応じた就労ビザを取得しなければなりません。

就労を許可されるために必要な手続きやビザの種類は、国によって異なります。例えば、米国の就労ビザは、目的や働きたい職種によっていくつかの種類があります。

ここでは、米国の一時的な就労ビザとして、日本企業が現地に従業員を派遣する際によく使うものを紹介します。

 

現地法人の外国人を日本で受け入れる場合(企業内転勤)

外国人を海外現地から採用して日本で雇用する場合には、必要な手続きと必要な書類が数多くあります。時間もかかりますので、海外在住の人材を日本で受け入れることを決めた場合には、すぐに入国管理局への申請を準備・開始しましょう。

※「在留資格認定証明書」は発行から3ヶ月以内に日本へ入国しなければ無効になってしまうので、手続きが途中で滞らないよう注意してください。

日本で外国人が働くための就労ビザは、就労可能な業務に制限があります。どんな業務でも行えるわけではないため、必ず在留資格と就労可能業務を確認し、在留資格で認められていない業務に従事させないよう注意しましょう。認められていない業務に従事することは不法就労にあたり、企業が不法就労助長罪で罰せられる可能性もあります。

 

海外展開・海外進出を検討される場合には専門家にご相談を

現在、世界中の様々な業界で人材不足が問題となっています。一方、企業が海外展開・海外進出を成功させるためには、人材の確保にその成功が左右されると言っても過言ではなく、雇用主としては、海外展開・海外進出のための人材確保は重要な課題となります。

特に海外派遣の場合には、就労許可や給与計算など、国内での採用よりも複雑な手続きや入念な準備が必要となります。また、雇用形態(現地採用とするのか、日本からの派遣とするのか)によっても、人材派遣の手続きが大きく異なります。雇用や税金のルールは、雇用主側に求められる責任も大きく、手続きに不備がないように弁護士などの専門家のサポートが必要となるでしょう。

ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。国際的な拡張計画に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。

※本稿の内容は、2023年1月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

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