目次
はじめに
アメリカでは、従業員への健康保険提供と報告の義務付けに関する重要な制度として、Affordable Care Act (ACA)とSmall Business Health Options Program (SHOP)というものがあります。日本の制度とは大きく異なるため、日本企業がアメリカ進出を検討する際には、これらの制度について理解し、適切な対応をすることが必要となります。
そこでこの記事では、アメリカのACAとSHOPについて紹介し、日本企業がアメリカで事業展開するにあたり、健康保険提供や報告の義務付けに関する法務リスクを低減するためのポイントについて解説していきます。
Affordable Care Act (ACA)の概要
ACAとは何か?
Affordable Care Act(ACA)は、2010年にアメリカ合衆国で成立した連邦法で、一般に「オバマケア」とも呼ばれています。この法律は、アメリカの医療保険制度を大幅に改革し、国民の健康保険の利用範囲を拡大することを目的としています。ACAは、個人市場における健康保険の購入、雇用主による従業員への健康保険提供、および公的保険プログラムへのアクセスを改善しました。その結果、多くのアメリカ人が手頃な価格で質の高い健康保険にアクセスできるようになりました。
ACAの目的と主要なポイント
ACAの主な目的は、医療費の増加を抑制し、アメリカ人の健康保険へのアクセスを向上させることです。以下に、ACAのいくつかの主要なポイントを挙げます。
- すべてのアメリカ人が健康保険に加入することを義務付け、未加入者には税金上のペナルティが課されます。(2019年以降、連邦政府によるペナルティは撤廃されましたが、カリフォルニア州などいくつかの州では独自のペナルティが適用されています。)
- 個人市場での健康保険購入を支援するために、州ごとの医療保険マーケットプレイスが設立されました。
- 保険会社は、加入者の年齢や健康状態によって保険料を不当に高く設定することが禁止されています。
- すべての保険プランは、予防ケアや病院滞在などの「必須項目」をカバーすることが求められています。
- 若者は26歳まで親の保険プランに加入することができます。
雇用主への健康保険提供と報告の義務付け
健康保険提供
Affordable Care Act(ACA)は、特定の雇用主に対して従業員に健康保険を提供することを義務付けています。この義務は、通常「Applicable Large Employer(ALE)」と呼ばれる企業に適用されます。ALEは、前年度にフルタイム相当の従業員が50人以上であった企業を指します。これらの雇用主は、従業員およびその家族に対して「最低限の価値」と「手頃な価格」の健康保険を提供することが求められています。「最低限の価値」とは、プランが医療費の60%以上をカバーすることを意味し、「手頃な価格」とは従業員の世帯所得の9.5%以下(※)であることを指します。
※当初の「手頃な価格」の基準額は 2014 年に 9.5% に設定され、インフレに合わせて毎年調整されてきました。2023 年の割合は 9.12 パーセントです。
報告義務の概要
ALEは、従業員が提供された健康保険プランについて、IRS(Internal Revenue Service)に対して報告を行うことが求められています。これには、従業員の氏名、社会保障番号、健康保険プランの詳細などが含まれます。報告は、従業員に対しては毎年1月31日まで、IRSに対しては2月28日(紙による報告)または3月31日(電子報告)までに提出する必要があります。
遵守しなかった場合のペナルティ
ACAの健康保険提供および報告義務を遵守しなかった場合、雇用主はペナルティを課せられる可能性があります。従業員に適切な健康保険を提供しなかった場合のペナルティは、従業員全体数から一定の数(通常は30人)を差し引いた数に、年間の罰則金額を乗じることで計算されます。2014 年に設定された当初の罰則金額は、従業員 1 人あたり 2,000 ドルと 3,000 ドル(条件によってどちらかを適用)でした。これらの罰則金額は毎年調整されます。また、報告義務に違反した場合、2023年税務年度では最大で1人あたり580ドルのペナルティが課せられます(フォームを2023年8月1日以降に提出した場合、1件あたり290ドル。雇用主が提出義務を意図的に無視した場合、ペナルティ額は580ドルに増加)。
雇用主は、ACAの規定に従って健康保険の提供および報告義務を遵守することが重要です。違反によって課せられるペナルティは、企業の財務状況や評判に悪影響を与える可能性があるためです。適切なコンプライアンスを確保するために、企業は弁護士などの専門家と連携し、ACAの要件に関する最新の情報を把握することが推奨されます。
Small Business Health Options Program (SHOP)の紹介
SHOPとは何か?
Small Business Health Options Program(SHOP)とは、米国で実施されている、中小企業向けの健康保険市場です。Affordable Care Act(ACA)の一部として導入されたこの制度は、50人以下の従業員を持つ中小企業に、従業員に提供する健康保険プランの選択肢を提供します。SHOPは、企業主にとって手頃な価格の健康保険プランを見つける手助けをし、従業員に適切な健康保険を提供することを目的としています。
SHOPの対象企業と利点
SHOPは、主に50人以下のフルタイム従業員を雇用する中小企業を対象としています。これにより、従業員数が少ない企業でも、質の高い健康保険プランを提供することが可能となります。また、SHOPを利用することで、企業はSmall Business Health Care Tax Credit(中小企業健康保険税額控除)といった税制上の優遇措置を受けることができる場合があります。上記控除により、企業は従業員への健康保険費用の一部を節約することができます。
SHOPを利用することの利点は、従業員に適切な健康保険を提供することで、従業員の健康と生産性の向上や従業員の満足度向上につながることです。また、税額控除を利用できる企業にとっては、コストの軽減が期待できます。
SHOPへの参加方法と手続き
SHOPへの参加方法と手続きは、比較的簡単なプロセスです。まず、HealthCare.govのウェブサイト上で、企業が所在する州のSHOP市場にアクセスし、企業情報を登録します。次に、企業は利用可能な健康保険プランを比較し、従業員に提供するプランを選択します。選択したプランに基づいて、従業員に健康保険の加入を案内し、従業員からの返答を受け付けます。最後に、企業は従業員の選択に基づいてプランを購入し、保険料の支払いを行います。
手続きは主にオンラインで完結しますが、必要に応じて専門家のアドバイスを受けることも可能です。また、登録やプラン選択に関するサポートが必要な場合は、SHOP Call Centerに電話で問い合わせることができます。
ACAとSHOPの日本企業への影響
日本企業がアメリカで事業を行う際の留意点
アメリカで事業を展開する企業は、現地での雇用においてACAの規定に準拠することが重要です。具体的には、従業員50名以上のフルタイム雇用者がいる場合、適切な健康保険プランを提供し、報告義務を果たす必要があります。また、アメリカの労働法や税法にも精通しておくことが求められます。
企業規模が小さい場合には、健康保険提供の義務はありませんが、SHOPを利用して従業員に健康保険を提供することが可能です。この制度を活用することで、従業員にとって魅力的な福利厚生を提供し、優秀な人材の確保や従業員の満足度向上につながります。
ACAとSHOPを活用したビジネス戦略
ACAとSHOPを活用することで、企業はアメリカ市場での競争力を向上させることができます。適切な健康保険プランを提供することで、従業員の健康状態を維持し、生産性を高めることが期待できます。また、優れた福利厚生を提供する企業は、優秀な人材の確保や従業員の定着率向上にも寄与します。
特に、中小企業においては、SHOPを利用することで、リーズナブルなコストで質の高い健康保険プランを提供できます。これにより、大企業と同等の福利厚生を提供することが可能となり、競争力を高めることができます。
海外法人における雇用管理は専門家への相談をご検討ください
アメリカでは、雇用主は、ACAの規則に伴い、従業員に健康保険プランを提供することが求められます。これは、日本の健康保険制度とは大きく異なるものとなります。海外進出に伴い、現地で従業員を雇用する場合には、法に準拠した適切な保険プランの選択と実施を行うように留意してください。
従業員のニーズに応じた保険プランを選択し、適切な範囲で保険を提供することで、従業員の健康状態を維持し、生産性を向上させることも期待できます。また、優秀な人材の確保や定着率の向上にも寄与するでしょう。
ACAには罰則も定められており、法務リスク低減のために、従業員への保険プラン提供に関連した弁護士などの専門家との連携が必要となる場合があるでしょう。
必要に応じて、現地の法律や規制、特にACAやSHOPのような保険プラン提供に関する法律に精通している弁護士から適切なアドバイスやサポートを提供してもらいましょう。
また、現地の法律や規制に対応できる内部体制を整備することも求められます。企業は法令遵守のための内部統制や監査体制を構築し、従業員に対する教育や研修を実施する必要があります。リスク管理やコンプライアンス担当者を任命し、企業全体で法令遵守の意識を高めることが重要となるでしょう。
弁護士などの専門家からサポートを受け、適切な内部体制を構築することで、企業は法務リスクを低減し、海外事業における従業員への保険プラン提供に関する法的な問題を回避することができるでしょう。
ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。国際的な拡張計画に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。
※本稿の内容は、2023年6月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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