コンプライアンス

海外進出・海外展開:海外市場における消費者保護法とEC事業:海外進出に精通した弁護士が解説

by 弁護士 小野智博

はじめに

海外市場への進出は、企業の成長と成功を後押しする一方で、新たな法的課題ももたらします。特に、EC事業者は、それぞれの市場特有の消費者保護法に準拠する必要があります。

本稿では、海外進出を考える日本のEC企業が米国市場における消費者保護法を理解し、遵守するためのガイドを提供します。米国の法制度や規制、具体的な適用例を通じて、法的リスクを最小限に抑え、消費者との信頼関係を築き、事業を成功に導くための方法について見ていきましょう。

消費者保護法の重要性

消費者保護法はビジネス全体に影響を及ぼすもので、特に海外進出を検討する企業にとっては必須の知識となります。消費者保護に関する法律は、一般的には消費者の権利を保護し、市場を公正かつ透明に保つ役割を果たします。具体的には、企業が提供する製品やサービスの品質、マーケティング活動、プライバシー保護、そして消費者への情報提供に関する規範等を定めています。

海外市場、特に米国市場に進出する日本のEC企業にとって、これらの法律を理解し遵守することは、多くのビジネス上のメリットをもたらします。まず、法的リスクを最小限に抑えることができます。これは罰金や訴訟、そして、その結果としてのブランド価値の毀損を避けるために重要な知識となります。

また、消費者保護法の遵守は、消費者との信頼関係を確立し維持する上で必要不可欠です。適切な情報提供や公正な商取引を行うことで、顧客満足度を高め、リピート購入や口コミによる新規顧客の獲得に繋がります。

したがって、消費者保護法の遵守は、単に法的な問題を避けるためだけでなく、長期的なビジネスの成功を実現するための戦略的な要素ともいえるでしょう。

米国における消費者保護法の概要

米国の消費者保護法の歴史は、20世紀初期の大恐慌時代における労働政策をきっかけに労働組合が急速に成長し、進歩的な施策を推進した時代にさかのぼります。当初は、企業の不正行為を防止し、公正な競争環境を保証することが目的でした。その範囲は、時間と共に拡大し、現在では消費者の権利を守る、多岐にわたる法律・規制を包括しています。

米国の消費者保護法は、広範で多岐にわたりますが、その中心に位置するのが「米国連邦取引委員会法」(Federal Trade Commission Act :FTC Act) と 「連邦消費者金融法」(Consumer Financial Protection Act :CFPA) です。

Federal Trade Commission Act (FTC Act)

FTC Actは、反トラスト法(米国の独占禁止法)の一つであり、不当な競争方法や、消費者を不公正、欺瞞的な商取引から保護することを目的としています。この法律は、不公正な方法で競争を阻害する行為、または消費者を欺く商取引を禁止します。また、連邦取引委員会(Federal Trade Commission:FTC)は、この法律を通じて、企業が行う広告、マーケティング、販売戦略に関する規定を設けています。

Consumer Financial Protection Act (CFPA)

CFPAは、消費者金融商品とサービスの提供者が公正かつ透明に行動することを規定する法律です。この法律は、不公正、欺瞞的、または脅迫的な行為や商取引を禁止し、特に金融サービスに関する消費者の権利を強化します。金融消費者保護局(Consumer Financial Protection Bureau:CFPB)は、この法律を通じて、特に金融取引と消費者保護に関する規定を施行します。

これらの法律の目的は、公正な市場環境を提供し、消費者の権利を保護し、企業の誠実な経営を奨励することにあります。これにより、企業と消費者の信頼関係を強化し、経済の健全な発展を促進しています。

EC事業に適用される主要な法律

E-Commerceに関する法律と規定:FTCのガイドライン

FTCは、EC事業者が遵守すべきガイドラインをいくつか提供しています。

これらは、広告や販売戦略、商品説明、価格表示、プライバシーポリシー、電子支払いセキュリティなど、オンライン取引全般を規定しています。

また、消費者のクレーム処理や返品・返金ポリシーなどの顧客サービスに関する要件も含まれています。FTCのガイドラインは、消費者を欺瞞的な商取引から保護し、オンライン市場の公正性と透明性を維持することを目的としています。

デジタル商品・サービスの販売に関する法規制

デジタル商品やサービスの販売は、特にプライバシー保護、知的財産権、ライセンス規定、販売後のサポートなど、複数の法規制を要求します。加えて、デジタルコンテンツの適切な説明、価格表示、利用条件の明示、デジタル商品の配信とアクセスに関する規定など、消費者を保護する一連の要件を満たす必要があります。

金融取引と消費者保護:CFPBの規定

CFPBは、特に金融取引における消費者の権利を保護する規定を提供しています。これには、クレジットカード、デビットカード、電子支払いシステムなどの金融サービスの公正かつ透明な取引を確保するための規定が含まれています。これらの規定は、消費者が明確かつ正確な情報を受け取り、適切な金融選択をすることを保証することを目指しています。

具体的な適用例

AmazonとFTCの和解 (2017年)

Amazonは、子どもが無許可でアプリ内購入を行ったことに関してFTCとの間で紛争を抱えることになりました。FTCは、Amazonが親の許可なしに子供たちが数千ドルに及ぶアプリ内購入を可能にしたと、FTC法違反を主張しました。2016年に連邦裁判所はFTCの主張を支持し、Amazonは消費者に返金するよう命じられました。

最終的に、2017年4月、AmazonはFTCとの和解により、消費者に対して約7000万ドルの返金を行うこととなりました。また、この事件はAmazonのブランドイメージにも影響を及ぼし、会社のリスク管理と消費者保護策の見直しを余儀なくされました。なお、AppleとGoogleも同様の問題で、2014年にFTCと和解しており、Appleは3250万ドル以上、Googleは1900万ドル以上を消費者に返還しています。

Facebookとプライバシー違反 (2019年)

Facebookは、2012年のFTCの命令でプライバシーの見直しと第三者機関による査察を義務づけられていました。しかしながら、その後もFacebookは、ユーザーのプライバシー設定に関する虚偽の設定や、サードパーティーアプリとのユーザーデータの不適切な共有等を続けたとして罰せられました。この事例は、デジタル商品・サービスの販売に関する法規制、特にデータプライバシーに関する規制の重要性を改めて認識させるものとなりました。

FTCとの和解の一環として、Facebookは消費者保護法違反の罰金として史上最高額の50億ドルを支払いました。さらに、Facebookは新たなプライバシー保護策を導入し、コンプライアンス体制を強化する必要がありました。これは大きな経費となり、同時にブランドイメージにも大きなダメージを与えました。

Wells Fargoと不正アカウント設定 (2016年)

Wells Fargo(ウェルズ・ファーゴ、米国の金融機関)は、従業員が売上目標達成や追加報酬獲得の目的で、顧客に無断で200万以上の偽の口座を開設したとして、CFPBから罰金を科されました。これは金融機関が消費者保護法を遵守する必要性を強く示した事例であり、特にEC事業者が金融取引を取り扱う際には参考になる事例です。

Wells Fargoは、CFPBからの罰金として1億ドルを科されました。これはCFPBが命じた罰金としては最高額でした。また、事件は大きな社会的なバッシングを引き起こし、Wells Fargoの評価を大きく損ないました。結果として、経営陣の交代や事業運営方針の見直しを余儀なくされ、これに伴う多大なコストが発生しました。

EC事業者が遵守すべき消費者保護法の要点

消費者の情報保護とプライバシー

消費者の情報保護とプライバシーは、EC事業者が最も重視すべき事項の一つです。消費者から収集した情報の使用や共有は、消費者の明示的な同意に基づく必要があり、その過程は透明性を持ったものでなければなりません。

米国では、データのプライバシーとセキュリティはFTCによって規制されており、さらにカリフォルニアなどの州レベルでも厳格な法律が存在します。

また、ヨーロッパ市場では、一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:GDPR)が適用されます。適切なデータ管理とプライバシーポリシーは、消費者の信頼の維持、法的リスクの軽減、そしてブランドの評価向上に直結します。

広告・マーケティングと消費者保護法

広告とマーケティングは、消費者の購買の決定に大きな影響を与えます。そのため、EC事業者には、消費者の誤解を招かないよう、商品やサービスの特性、価格、利用条件を正確かつ明確に表示することが求められます。

また、特定のターゲット(例えば、子ども)に対するマーケティングは特に注意が必要です。子どもを対象とする広告は、FTCが規制を強化しているカテゴリーの一つであり、小児肥満に対する広告の影響についてのレポートを発表するなど力を入れています。また、FTCは、広告主が消費者の誤解を招くような虚偽広告を行うことを禁じており、違反すると厳重な罰則が科されます。

商品の返品・返金ポリシー

商品の返品・返金ポリシーは、消費者の権利を保護し、信頼と満足度を維持するために重要な要素です。消費者保護法は、事業者が返品・返金ポリシーを明確に表示することを要求しています。

また、消費者が商品を返品する際の手続きは簡単で妥当性のある設定にしておく必要があります。返品が受け付けられた後の返金についても適時に行われるべきでしょう。FTCのクーリング・オフ制度や州法により、特定の状況下での返品権が保証されています。

海外法人におけるリスク管理は弁護士への相談をご検討ください

消費者保護法の遵守は、事業成功のための基本であり、海外市場でのビジネス拡大を図る日本のEC企業にとって重要なステップとなります。法律遵守のためのシステムとプロセスを整備し、ビジネスの各段階での法規制の遵守を確認することが重要となるでしょう。そのためには、適切な内部監査、定期的なリスク評価、従業員教育、透明な報告システム、そして消費者保護法遵守のためのチェックリストを整備する必要があります。

消費者保護法遵守のためのチェックリストは、企業が法律を理解し、その要求を適切に満たすための有用なツールとなります。このチェックリストには、広告とマーケティングの実践、データ保護とプライバシーポリシー、商品の価格表示と説明、返品・返金ポリシーなど、企業のさまざまな側面に関連する可能性のある項目を漏れなく含むことが必要です。

しかし、チェックリストだけでは十分ではありません。各国の法律は複雑であり、それぞれが独自の要件と解釈を持っています。企業が法規制を適切に理解し、法律遵守のための最善のステップを確認するためには、弁護士のリーガルチェックを得ることが不可欠な要素となります。

ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、お客様が海外展開・海外進出の目標を達成できるようなガイダンスとサポートを提供します。国際的な事業計画に対して、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしていますので、いつでもお問合せください。

※本稿の内容は、2023年7月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。

執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」

当事務所のご支援事例

業種で探す ウェブ通販・越境EC  IT・AI  メーカー・商社  小売業 
サービスで探す 販路開拓  不動産  契約支援  現地法人運営  海外コンプライアンス 

ご相談のご予約はこちら

弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 ロゴ

弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所
(代表弁護士 小野智博 東京弁護士会所属)
 03-4405-4611
*受付時間 9:00~18:00