日本の企業が海外進出する際、気を付けるべきことに、労働組合及び就業規則の問題があります。
日本では労働組合に反対された場合、就業規則が変更できないといったトラブルが起こる場合があります。
海外でも日本と同じように、就業規則の変更には労働組合の許可が必要になるのか、海外進出の際にトラブルが起こる事を防ぐためにも、事前に調べる事がとても大切になってきます。
日本における労働組合と就業規則について
まず、日本の労働組合と就業規則についてみていくことにしましょう。
行政解釈によると、日本では署名がなくても“意見を聴取したこと”を客観的に証明できれば変更が可能という事です。
ただし、労働組合との協定で『就業規則の変更は組合の同意を得て行う』などと規定されている場合は、労働組合の同意を得る必要があります。
<就業規則を変更する為に必要な4つの手順>
日本で就業規則を変更する場合には、以下の手順でそれぞれ手続きを行う必要があります。
- 就業規則の変更内容を決める。
- 労働者の過半数が加入する労働組合(ない場合は、労働者の過半数を代表する者)に変更内容についての意見を聴き、意見書を作成する。
- 意見書・変更後の就業規則・就業規則変更届を所轄労働基準監督署長に提出する。
- 全社員に新しい就業規則を周知する。
労働基準法90条にて、就業規則を作成・変更する場合には『労働組合等に意見を聴かなければならない(労働条件を有利に変更する場合であっても意見聴取は必要)』と定められています。
ただし、『協議決定を要求するものではなく、意見を聴けば足り、必ずしもその意見に沿った内容にする必要はない』とされています。(昭25・3・15基収525号)
意見書に関して、労働基準法施行規則49条2項では『労働者を代表する者の署名または記名押印のあるものでなければならない』としているが、行政解釈では『意見を聴いたことが客観的に証明できる限り、これを受理する』とされています(昭23・5・11基発735号、昭23・10・30基発1575号)
<労働組合が意見に反対したら?>
労働組合等への意見聴取の方法・手続きについては『意見を十分に陳述する機会と時間的余裕が与えられた』ことを要件(東洋精機事件、神戸地尼崎支判昭28・8・10)とし、労働組合等が意見書の内容に反対しても、『その反対理由の如何を問わず、その効力発生についての他の要件を具備する限り、就業規則の効力に影響はない』と示されています。(昭24・3・28基発373号)
そのため、仮に反対され署名を得られなかった場合でも、意見を聴取したことを証明する『意見書不添付理由書』を提出すれば、就業規則を変更することは可能です。
つまり、日本では時間的余裕を与えた上で労働組合等へ意見聴取を行えば、必ずしも同意を得る必要はないのです。
ただし、判例によると『労働者過半数の意見が十分に陳述された後、これが十分に尊重されたこと』が必要とされているので、形式的な“意見聴取”はNGといえます。(東洋精機事件、神戸地尼崎支判昭28・8・10)
<労働組合等の同意による意見書への署名が必要となる場合>
・就業規則の変更は、労働組合の合意を得て行う
・就業規則の変更内容は、労働組合と協議の上で決定する など
<労働者への個別同意が必要となるケース>
・賃金の減額
・労働時間の増加
・休日削減
上記のような『労働条件の不利益変更』に該当する場合には、労働者への個別同意が必要となるケースもあるので、注意が必要です。
アメリカにおける労働組合と就業規則について
では、続いてアメリカの労働組合と就業規則についてみてみましょう。
アメリカの労働組合組成に関わる法制度は、日系企業の進出環境に大きく影響します。
2013年の全米の組合組織率は 11.3%と、前年比で横ばいとなりました。
1983年に20.1%だった組織率は、84年に18.8%と2割を切って以来、低下の一途を辿っています。これを挽回するべく、労働組合はいくつかの拠点で組合組成を働きかけています。特に南部諸州は歴史的に組合組織率が低いです。
<良好な投資環境を支える労働権法(RTW 法:Right to Work)>
本来、従業員は就労条件として、組合に加入し組合費を支払うよう義務づけられていますが、アメリカ各州では労働権法(RTW法)を制定することにより、仮に組合が組成されても、労働者に組合に加入しない選択肢を与えることになります。
ただ、RTW法があっても組合組成の動きは起こらない訳ではありません。
また RTW法がなくても、シリコンバレーなど組合組成とは無縁の地域もあります。
※シリコンバレーを本拠にしている大手ハイテク企業は、どこも労働組合を持たないのですが、その背景には下記の2点が挙げられます。
・労働条件に恵まれた従業員には労働組合を組織する理由が見当たらない。
・歴史的に労働組合を良しとしない企業風土がある。
では、続いてアメリカでの雇用の概観についてみてみましょう。
<Employment at will(随時雇用・随時解雇)>
アメリカの人事労務では、“Employment at will”つまり『随時雇用・随時解雇』が基本となります。
これは、雇用も会社と労働者の対等な契約の一つと考え、契約当時者の合意で契約は成立する一方、当事者の一方がもう一方に通知することでその契約が破棄することができるという考え方です。
<日本との違い>
日本で解雇を行う場合、下記の点が留意されます。
・就業規則に記載があるか否か。
・適性な手続きを踏んでいるか。
・社会通念上相当な事由であるか。
・及び他の社員や過去に解雇した社員と待遇が同等であるかなど
上記の点に留意しながら行うため、日本では相当の事由でなければ解雇を行うことは出来ません。
一方、日本とは対照的なアメリカでは‥
雇用者と労働者はあくまで契約の概念に基づいて結ばれているので、従業員の側もよりよい条件の求人があればためらわず転職していきます。
また、契約した職務が遂行できない場合は「契約不履行」として解雇する事が可能です。
<アメリカの就業規則>
アメリカでは『Employee Handbook』というハンドブックが支給されます。
ハンドブックには正式で包括的なポリシーと手続きが記載されているので、従業員はハンドブックを所有する事で予期せぬ問題に備えられるというメリットがあります。
また、会社に経験豊富な人事管理者がいない場合などは、より効果的にハンドブックの書面によるポリシーの恩恵を受けることができます。
~Employee Handbookの内容~
・会社が所在する州の労働法の参照。
・法が定めるところによるその会社の個々のルールの説明。
・始業時刻や終業時刻、労働時間、会社の所定の休日、休暇の定めなど。
・強制的なポリシー(嫌がらせ、差別、報復防止の方針など)
・誤解や訴訟から身を守るための推奨ポリシー
一見、日本の就業規則に似ているようにみえますが、日本と大きく違う点はアメリカのほとんどの企業が 「このハンドブックは契約ではなく、会社は任意にその内容を変更できる」との記載があり、雇用主にハンドブックの変更権があるという点です。
まとめ
アメリカには、雇用主が変更できる就労規約のハンドブックがあるので、日本の就業規則のように過半数労働組合(もしくは労働者代表)の意見聴取を行い、労働基準監督署への届出の義務もなければ、不利益変更の制限もありません。
しかし、アメリカのハンドブックに正しい記載がされていないと実際に訴訟につながる可能性があります。進出先のハンドブックが連邦または州の法律に違反していないこと、または意志のある雇用関係を無効にしていないかに注意してください。
上記のように、労働組合の問題は、進出する先の国によって変わりますので、後々大きな問題に発展させないためにも、その国の労働組合や就業規則などに関する雇用法のルールはどうなっているのかを必ず事前に確認しましょう。
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※本記事の記載内容は、執筆日現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士
企業の海外展開支援を得意とし、日本語・英語の契約審査サービス「契約審査ダイレクト」を提供している。
また、ECビジネス・Web 通販事業の法務を強みとし、EC事業立上げ・利用規約等作成・規制対応・販売促進・越境ECなどを一貫して支援する「EC・通販法務サービス」を運営している。
著書「60分でわかる!ECビジネスのための法律 超入門」
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